あの日のように抱きしめてのレビュー・感想・評価
全32件中、21~32件目を表示
靄がかった男女の仲
ヨーロッパの映画ってすっきりしないなぁ~と観てました。折角夫に出会えたのに中々口にだせない妻、妻にそっくりだと思いつつもいつまでも気付かない夫。しかし最後まできたら、それらは計算された映画だとわかりました。最後のシーンがいつまでも頭から離れません。夫がひくピアノの前でスピークロウを歌う妻。あまりに似ていると思いつつ腕につけられた収容所の刻印を夫が見た時。やっと本物だと気付き唖然としてしまい・・・。それで幕は降りるのですが、その後がどうなったのかとか、なぜ一緒に住んでいたユダヤ女性が自殺したのかとか、気になる所です。しかも妻似の女性と同居していたら普通は男女仲になるのに、やはり最初から遺産目当ての結婚だったのか?とか想像してしまうと悲しすぎます。それにしてもやはり、モヤモヤ感は残る映画でした。
夫の内面がわからないまま
ネリーがジョニーに再会する事を支えに収容所生活をしていた事は想像できる。
だから、ネリーの諦めの悪さ(もとの顔への再建手術したのに夫に妻だと認識されなかったのに諦められないところなど)に、憤りを感じながらもわからなくもない。
レナがそんなネリーを許せないのもわかる。レナの自殺要因がそのせいなのかははっきりわからないけれど、そう思えなくもない書き方だった。
で、ジョニーですよ。結局妻をナチスに密告し、さっさと離婚しておきながら、その離婚をない事にして収容所からもどった偽妻をつかって元妻の資産を得ようとするわけです。それも普通の顔してやるから、何考えてんだ?的な。
結局ラストでジョニーは目の前で歌っている女がかつての妻であると気づいたようで、その緊迫したシーンは見応えがありました。
スピークロウが切なくしみるエンディングでございました。
レナが早く良くなったらパレスチナ(ってゆってたような。イスラエルは言ってなかったような)へ移住しましょうと言っていて、シオニズムだ!と、世界史の授業で覚えた単語を連想して喜んでしまいました。
1945年、ユダヤ人強制収容所で顔をめちゃくちゃにされ、整形手術を...
あぁ…。
もう少し。。。
旦那役がぼんくらで底が浅いのは演技なのか、その程度の演技力なのか…。
なんでそんな男を許すんだ、と主人公にイライラしてしまったけれど、彼女は収容所での過酷な日々を、夫のことを思って生き抜いたんだろう。でも夫は端っから彼女を裏切っていた。
ここで夫役の役者がもっとうまかったら、多少は良心の呵責があったのか、それとも全く悪いと思ってなかったのか、彼女を愛していなかったのか、そういう感情が表情から伝わっただろうに。
もし演技力の問題ではなくあえてそういう演技をさせたのだとしたら、演出の問題だな…。
主人公は鬼気迫る演技が素晴らしかった。特に最後のSpeak lowを歌うシーンが最高
眠ってしまう
邦題がイマイチ。中身はきちんとサスペンス。
ドイツ敗戦後、強制収容所から顔に大怪我を負いながらも生還した一人の女性。しかし彼女の夫は、変貌した姿の妻に気が付かず、妻の遺した財産を二人で山分けしようという・・・。
第二次大戦のドイツ戦終結後から物語が始まります。なので、ネリーがどのような暴行を受けて顔面に怪我を追ってしまったのかは判りません。顔を再建しなければならないような怪我の割には、何日か日数が経っている雰囲気ですが大丈夫なんでしょうか?
ネリーを助けるユダヤ機関の一員がレネなんですが、二人の言動で、二人のこれまで置かれていた境遇の違い、思想の違いが明らかですね。強制収容所に入れられるまではごく普通の日常生活を送っていたネリーに対し、何がそこまでシオニズム運動にすべてを捧げさせるのか、レネの言動は、自由を謳歌していたネリーから見ると、ストイック過ぎるというか、ちょっとズレた様に見えていたんじゃ無いですかね。だから素直にレネの言うとおりに約束の地に直ぐに行くと言う選択をネリーはしなかったんだと思います。それだけが原因ではないと思いますが、そのすれ違いがレネの悲劇につながるのかと思います。
って言うかねぇ、ジョニーはネリーが自分の妻だと全く判らなかったのに、物語終盤に会う人達は、直ぐにネリーがネリーだと判っています。これって、どういう事?事前にネリーが来ると言われていれば直ぐに「あ、ネリーだ」と言う反応を示すかもしれませんが、ネリーの容貌がジョニーが自分の妻だと認識できないほど変わっていたのであれば、その他の友人たちも似たような反応を示したはず。ここまでいい感じに進んでいたので、この一点が蟻の一穴のような気がしました。
この作品は、ラストの“スピーク・ロー”にすべてが集約されていると思います。すべてがそこに至るまでの伏線と言っても過言ではないと思います。邦題の『あの日のように抱きしめて』は、ちょっとミスリードのような気もしますね。原題のママとか、あるいは、最後の“スピーク・ロー”でもいいような気がしました。
ドイツ版『めまい』を期待しましたが・・・
おぉぉ、これはヒッチコックの『めまい』のヴァリエーションではありますまいか!
なんともソソラレるハナシだ。
自動車で夜の国境を超えようとするネリーとレネのオープニングシーンから雰囲気があってゾクゾクする。
しかし・・・
うーむ、途中からどうもハナシがうまくない。
こちらが『めまい』の変型だと思っているからかもしれないが、再会してからのふたりの関係性があまり変化しないのだ。
実は生きていたことをジョニーにわからせたいネリー。
そして、裏切り者でなかったことを信じたいネリー。
それに対して、ジョニーがほとんとボンクラにしか見えないのが致命的。
筆跡や立ち居振る舞いが「死んだはずのネリー」に似ているにも関わらず、一向に訝しくも思わないし、かといって「死んだはずのネリー」に近づけようとする努力も描写がおざなり。
まぁ、『めまい』のように、「死んだはずのネリー」に似た女にどんどん憑りつかれていくような官能性は、この映画では不要なのかもしれないが。
なので、切ない衝撃的なラストが活きてこない。
せっかくの甘美な曲「スウィート・ロウ」も、その魅力が半減。
致命的なのは、「死んだはずのネリー」に似せて美しく着飾っていくネリーが、全然美しくないこと。
これは、個人的な好みかもしれませんが・・・
ということで、少々期待外れ。
主人公が魂を絞るように歌う“Speak Low”が印象的な静謐で残酷な恋物語
アウシュビッツで顔に大怪我を負いながら奇跡的に助かったジャズシンガーのネリー。元の姿に戻りたいという意思に反して整形手術で全く別人の顔にされてしまった彼女は支援者とともに新たな生活を始めるが、生き別れになった夫でピアニストのジョニーを忘れられない。ナイトクラブでジョニーを見つけたネリーだったが、ジョニーは彼女がネリーだと気づかないばかりか、ネリーの遺産を手に入れるため彼女にネリーになりすまさないかと持ちかける。
皮肉極まりない出会いに戸惑いながらもジョニーとの時間を噛み締めるように過ごすネリーの思いが次第に揺れ始め、彼女が魂を絞るように歌う”Speak Low”が誘う、歌詞に呼応した結末が深い余韻を残す静謐で残酷な恋物語でした。
全32件中、21~32件目を表示






