「元には戻せない」あの日のように抱きしめて everglazeさんの映画レビュー(感想・評価)
元には戻せない
ユダヤ人Nellyは強制収容所から奇跡的に生還するも顔面を激しく損傷し、同じくユダヤ人で旧友のLeneの世話になりながら、顔の再建手術を受けます。
相当綺麗に治って美人なのですが、元の自分の顔じゃない!と不満を口にします。収容所で烙印を押されようと、白い眼で見られようと、Nellyはとにかく収容前の自分に戻りたくて、新しい顔の別人に生まれ変わる気などさらさらないのでした。それはあくまでも己と向き合って生きていく勇敢さなのかと思いましたが、そうではなく、戦前の幸せをそのまま取り戻したい一心なのだと気付きました。親族で生き残った者は他に1人もおらず、逮捕まで自分を匿ってくれた夫Johannesを探し出しますが、夫からは驚きの計画を持ちかけられます。
逮捕後2日間の拷問に耐え切れず、妻と引き換えに自由を得たものの、自責の念に駆られ続け…という夫の姿ならまだ理想的なのですが…。富豪のお嬢さんらしく、Nellyも若干世間知らずなのでしょうか。
匿われていた期間は夫が命綱だったし、収容所でも夫を想って耐え忍んだのでしょう。顔が変わった自分に全く気付かないことにショックを受けるも、服や靴だけでなく自分の書いたメモまで捨てずに持っていた夫。死んだと信じ込んでいるだけで、今でも妻を愛しているはず…。気付かないのは顔のせい。「昔のNelly」に近づけば、きっとまた夫婦仲は元通り…と、過去の自分を「そっくりさん」として本人が健気に演じます。
確かに髪を染めて化粧をすると随分変わりますが…、いやぁこんなに分からないものか?というくらい、とにかくJohannesがアホにしか見えません(^_^;)。気付かないのは顔のせいでなく、夫の頭が悪いせい?!早くビンタでも食らわせてやれ!これほどアホな亭主を愛して止まない彼女も気の毒でした。というか、妻を心底愛しているのなら、どこかで生きているかもと希望を持ち続け血眼になって行方を捜しますよね。妻がどんな目に遭ったか知りたくもなければ、過去の決断を反省している様子もないし、生き写しに再び恋したい訳でもない。Johannesはこれからの生活のことしか考えたくないようでした。罪悪感に蓋をしてしまえば、過去は過去、今は今、と切り替えが楽なのでしょう…。
再会した地元の旧友達のやや複雑な表情から、Johannesの当時の行動や本心が汲み取れますし、彼がNellyの美声でようやく気付くシーンもかなりインパクトがあります。自分の生還など待ち望んでいなかった夫に見切りをつけるNellyの視線がまた怖い(^_^;)。
スイスで戦争を生き延びたというLeneは、ドイツを憎み、同胞の死を無駄にすることなく建国に貢献したいと懸命に前を向いているようでしたが…彼女の決断は唐突でやや不自然に思えました。
Nelly, Lene, そしてJohannes。
過去との向き合い方が三者三様でした。
犠牲者に対する義務って何?と自らも被害者であるNellyの問い。
ナチスが負うべき義務なら理解できても、単に同調しただけのその他大勢はどうなんだ?政治家が悪いにしても、法律に従っただけの国民はどうなんだ?
善悪は時代共に変わり、過去を裁く現在の価値観も一定ではない。流動的な世界で「より正しい方向」を見極めるのは容易ではありません。
夫大好きなNellyが傷付くと思って、Leneは真実を言えなかったんでしょうね。まぁ夫の計画を聞いた時に、疑問に思わなければいけないですね。
Nellyは化粧前の方が儚い美しさを感じましたが、これは好みでしょうか。
一度壊れた顔同様、過去の幸せも友情も愛情も、完璧には修復できない。治らない傷、残った傷とどう付き合っていくか。歴史と手術痕には共通点があるようでした。
こんばんは。この映画、戦後すぐの時期の設定みたいなんです。その時、収容所がどんなだったか普通のドイツ人は分かってたのかな?とちょっと思いました。腕に番号タトゥーもみんな知ってたのかな?監督は1960年生まれで若い。だからそんなこと思いました。