劇場公開日 2015年6月27日

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「経験から学ばない男」オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 経験から学ばない男

2025年7月16日
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原題は『Locke』。17世紀の政治思想家ジョン・ロックと本作を結びつけて論じているの宮台真司だけ、さすがです。今ほど交通ルールが厳しくなかった頃、携帯電話をかけながら2回ほどバイカーを引き殺しそうになったことのある私は、BMWで高速を走りながら電話をかけまくるトム・ハーディーが事故にあわないかと気が気ではなく、まさか本作がジョン・ロックの思想をベースにした映画だとはまったく気づかなかったのです。

なにやら建設中の巨大な建造物を後にする主人公アイヴァン・ロックはどうも現場の責任者らしく、本社から解雇を言い渡されたばかりであることが、電話の内容から伝わってきます。さらに、行きずりの関係をもった女性が妊娠し出産真っ最中、サッカー好きの息子がいる家族の元に帰るか女性のいる病院へ向かうかで、ギリギリの選択をせまられます。どうもアイヴァン自身私生児らしく、いまだに自分と母親を捨てた父親を相当憎んでいるようなのです。

自分がいなくなった現場のことが心配でしょうがないアイヴァンは、パニック気味に電話をかけてくる後輩にまずは落ち着くよう説得し、今までの現場責任者としての“経験”を基にコンクリートの配合から役所の許可の取り方まで細かく指示を与えます。このあたり、人間の知識は、生まれつきではなく、経験を通じて得られるというジョン・ロックの経験主義に則したパートと言えるでしょう。

父親と同じ過ちをおかしたくなかった主人公が、(元の家族を捨てることによって)はからずも父親と同じ過ちをおかしてしまう“経験論の呪い”についての映画であると、宮台先生は論じていらっしゃいましたが本当にそうなのでしょうか。映画ラスト、主人公のアイヴァンが赤ちゃんの産声を電話で聞きながらハイウェイの出口を下り降りるシーンには、なにかしらもっと明るい希望めいた“灯り”が感じられたからです。

途中難産で苦しむ女性の絶叫を聞きながら、家族を捨て一度ベッドを共にしただけの女性の元に向かうアイヴァン。自分を捨てた父親との確執や今ある家族の将来を経験則的に考えれば、けっして賢い選択とはいえません。それでもアイヴァンは安定した家庭ではなくあえて荊の道を選ぶのです。86分間の短いようで長ーいハイウェイの帰路を、赤ん坊が苦しみながら生まれてくる女性の産道にトレースしながら、監督はそこにどんな意味をこめたのでしょうか。

経験論の他にもジョン・ロックは、家父長制的な社会契約説に対し、人民は政府に対する抵抗権や革命権をもつと唱え、1688年英国で起きた名誉革命を正当化したといいます。この映画における主人公の行動は、まさに国家(ウェールズからみたイングランド)や会社役員、そして家族における父親の権力を絶対視する家父長制に、“革命”を起こしたといえるのではないでしょうか。BMWのフロントガラスに反射する色とりどりのイルミネーションは、男の革命成功を祝福する紙吹雪だったのかもしれません。とはいえ、経験から何も学んでいない、といわれればその通りなのですが。

「人間が歴史から唯一学べることは、人間は歴史から何も学ばないということである」    フリードリヒ・ヘーゲル

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かなり悪いオヤジ
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