「人間の、変わることのない美しき根幹」アリスのままで Shiho Yamauchiさんの映画レビュー(感想・評価)
人間の、変わることのない美しき根幹
コロンビア大学で教鞭をとる、知的で聡明な言語学者「アリス・50歳」が、遺伝性の若年性アルツハイマーと診断され、その病をどのように受け入れ、これからをどのように生きていくのかを、ジュリアン・ムーアが熱演する。
アリスが遺伝性の若年性アルツハイマーを発症したことで、
アリスの家族の関係性も変化を見せていく。
医師の夫・優秀な長男・結婚し幸せな夫婦生活を送る妊活中の長女アン・唯一安定の道を行かず、プロ演者を目指し劇団に所属している次女のリディアの面々である。
この作品にまず賛辞を述べたい部分は、俳優陣の演技力の高さだ。
ハリウッド映画ならではの無駄に派手なカメラワーク・驚くような音響効果は、ほぼ使われていないにもかかわらず、各役柄の心情がバランスよく、そして強く観る側に伝わってくる。
それは同時に、観る側の人生の置かれた環境によって、誰かの役柄に感情移入をしやすいということでもある。
これは、作品を観る者に問いたい現代の問題を、わかりやすく表面化してしまわずに、しかしはっきりといくつもの問題を伝えることに成功した稀有な例だと思う。
・認知機能の衰えは、本人は怖く、周りは哀しみを感じるが、生産性のない人間だからと自身の命を淘汰していいのか
・老いの無い、人生などあるのか
・人間は、いつを生きるべきなのか 過去?未来?今?
・人間の尊厳とは、いったい何なのか
・幸福とは、心の豊かさとは何なのか
・知性を失くしたら人間ではなくなるのか
・人間が人間である為に、必要なものは何か
すべての答えが、ラストシーンに詰め込まれていた。
リディアがアリスに戯曲を朗読し、
まるで子どもに聞くようにアリスに訊ねる。
「これは何のお話だった?」と。
アリスにはもはや、なかなか出てこない言葉を、
懸命にひねり出しリディアに返したその言葉の内容こそが
人間に唯一必要なものだと思う。
そして、言語学者であったアリスは、
身につけた知識である言語を失ってはいくが、
培ってきた家族の絆は失わずにいた。
人はやたらと幸せになりたがる。
しかし幸せとはいったいどのような定義で
決められるものなのだろう。
幸せとは、どんな定義にも当てはまらない。
そしてきっと、不滅のもの。
アリスがリディアの質問にようやっと答えたとき、
そしてリディアが「そうね」とアリスに言ったとき、
二人の間には親も子もなく、人と人だった。
それは限りなく美しい関係性にみえた。
そして、まるで夜空のように、
目を閉じても何かの模様が見えるように、
真っ暗闇は此の世には存在しない。
どんなときにも、見えるか見えないかくらいの
一寸の希望の光に私たちは照らされている。