「スペインの名匠が贈る最高娯楽作品」人生スイッチ 山本さんの映画レビュー(感想・評価)
スペインの名匠が贈る最高娯楽作品
この作品は特段深いテーマも主張も見当たらず、虐げられたり理不尽に直面したり、悲しんだり嘆いたりするごく普通の人々が「人生スイッチ」を押すことで物語の主人公へと転化するというシチュエーションを詰め合わせたオムニバス形式の映画だ。
言ってしまえば内容はそれ以上でもそれ以下でもなく、彼らはスイッチを押し社会規範や人間としての一線を超え、大抵の場合は取り返しのつかない状態になってしまう。(シンプルに死亡する、収監される、肉親を失う、披露宴の式場で肉親や親戚、友人などの目の前で公然と性交をし始めるなど)
ただそれだけなのに、それでもその姿が愚かしくもどうしようもなく美しいのである。
現代社会でイドを抑圧されながら生きる我々は、何かに対しどれだけ理不尽に思うことがあっても決してスイッチは押さないし、押してはいけない。
そうして耐え抜いて日々をやり過ごすことで、スイッチを押した人とは違って何も起こらないまま物語は閉じてしまう。
常識的であろうが一体そんな物語になんの意味や面白さがあるのだろうかと考えると、彼らの蛮勇に憧憬のようなものすら感じられてしまうのだ。
彼らがスイッチを押すに至るまでの過程をねっとりじっくり丁寧に描くことでフラストレーションを上手く積み上げ、それが崩れる瞬間に得られるカタルシスが効果的になっているのも見事だ。
スイッチを押した後も感情のまま衝動的に行動するのではなく、きちんと計算して人的被害が出ないように車を爆破したり、復讐するにも異常に緻密な計画性による犯行だったりするのが妙に愛嬌があり面白い。
また、後半になると単純に主人公がスイッチを押すだけではなく第三者がスイッチを押して殺害しに来たり、揉めていた相手もスイッチを押すことで和解するなど意外性のある展開も用意されている。
総じて単純に暴力賛美するだけではなく、ある種の愉快さや上品さも兼ね備えているのが特にお気に入りポイントだ。
この作品から得られる教訓は二つある。
一つは我々はこのような作り事を見て、日々の鬱憤を発散しながら自分のスイッチは押さずにこれからも情けなく生きていかないといけないということ。
そしてもう一つは周囲にいる人間の数だけスイッチは存在するのだから、そのスイッチに手を伸ばさせる側にはなるべくならない方がいいということだ。
三大ベストシーン:
①カフェで優雅に食事をしながら爆弾を積んだ愛車が駐禁でレッカー車に運ばれるのを眺めるシーン
②新婦が披露宴に来ていた新郎の浮気相手の手を取りグルグルぶん回して姿見に叩きつけるシーン
③煽り運転をした相手がパンクした車のボンネットの上に乗ってきて排便と排尿をするシーン