劇場公開日 2015年6月27日

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「心に沁みるシューベルト」雪の轍 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

3.0心に沁みるシューベルト

2015年7月10日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

難しい

カッパドキアの洞窟ホテルのオーナーである元舞台俳優のアイドゥンとその若い妻、そして出戻りの妹の三者が、互いの生き方を批判しあう会話が映画の中心。その会話劇が繰り広げられる室内撮影の陰影とアナトリアの風土を美しく切り取るロングショットの対比が素晴らしい。
この三者共に批評は的確に相手の欺瞞をとらえる。そして、それがことごとく観客自身のことを突いてくるのだ。例えは、アイドゥンの文筆作業を批判する妹の言葉はこちらの心に突き刺さる。「浅はかな知識で偉そうに、、、」とは、いまこうして映画の感想など書いている自分自身への批判に聞こえて耳が痛い。三時間余りこのように自分自身への批評を耳にしなければならない観客は疲労困憊する。
登場人物たちは、相手のことは批評できても、自分自身のことはどうにもできない。自己欺瞞に気づいていながらも、そのような自身の生き方を変えることはできずにいる。
いかなる政治的な立場から誰かへの批判を述べても、こちら側の欺瞞や傲慢さをすぐさま指摘されてしまうという、極めて現代的な問題が閉ざされた家族の会話を通して提示されている。
人から与えられた金や善意に価値の違いなどあるはずがないという観念自体が、自分の傲慢さに過ぎないことに気づかされていく。
今を生きることのしんどさをあぶりだすことに成功した作品。
難解だし、地味な作品である。このように疲れる現代という時代にこそ、シューベルトのピアノが心に沁みる。そのことだけは、どんな見方をした観客にも伝わったのではないか。

佐分 利信