「あるいは喜劇」雪の轍 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
あるいは喜劇
登場人物が互いに愚痴というか悪口を言い合う196分の映画。長い。
そんなもん面白くなりようがないのだが、言ってる事が身も蓋もなくて、中盤以降、逆に可笑しくなってくる。呆れるとか同情するとかではなく、なんか笑っちゃうというか…。あれ、この映画、実はコメディなんじゃない?そんな気すらしてくる。
カンヌでパルムドール受賞!とか、世界遺産カッパドキアで撮影!とか、大仰な部分もあるので、いや笑っちゃいかんぞとも思うのだが…。
駅舎のシーンや、バイカーとの会話(すごくバカっぽい)、男3人で酒を呑む所などは、完全に「喜劇」に傾いていたと個人的には思う。
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チェーホフの短編を丸々下敷きにした本作。(原作の方が、愚痴多め。)
チェーホフと言えば、自殺したり破産したりどう考えても「悲劇」な戯曲を書いておきながら、わざわざ「喜劇」「笑劇」と自分で銘うった人なわけだが。同時代のゴーリキに「これで陽気な芝居を書いてるつもりか」と不思議がられてもいる。
悲劇的状況の映画・小説でよくあるパターンとして、
・人間の欺瞞をこれみよがしに暴く。
・ああ、オレってダメな奴、可哀想とナヨナヨとナルシスティックに悩む。そして、これが人間と開き直る。
・宗教(キリスト教)的なオチをつける。
などなどあるが、チェーホフは上記の方法を採用するには冷静すぎた人なんであろう。
愚かな人たちを嘲笑う訳ではない。かといって、助ける訳でもない。誰かが助けてすむ話ではない。
慈愛と冷徹の隙間にあるもの…それが「喜劇」なのかもしれない。
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蛇足であるが。
この映画を観て、20年位前にみた『煙草の害について』(柄本明さんの一人芝居・チェーホフ原作)を思い出した。当時は、エキセントリックなオジさんがフザケているとしか思えなかったのだけど、すっごい切ない話を笑えるように演じてたんだなあ、これぞチェーホフだったんなあと。『雪の轍』を観なきゃ完全に忘れていたので、本作に感謝だなあとも思う。
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これまた蛇足だが。
キアヌ・リーブスの『フェイク・クライム』が大好き。キアヌがチェーホフ戯曲「桜の園」を劇中で演じるという、なんつうか目もあてられない、誰か止めてあげて的な映画だけども。このどうしようもなさこそが、チェーホフ喜劇の真髄だろうとも思う。共演のベラ・ファーミガ、ジェームズ・カーンも、喜劇にハマって見事。(褒めすぎスミマセン。)
チェーホフ度合いで言ったら、『煙草の害について』>『フェイク・クライム』>『雪の轍』だなあと思った次第。