劇場公開日 2015年6月27日

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天の茶助 : インタビュー

2015年6月25日更新
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松山ケンイチが選択した「積み重ねてきたものを捨てる」ということ

この春に30歳の誕生日を迎えた。数字的な意味だけでなく、精神的にも明らかにこれまでとは違うステージに到達したことが、静かで自信に満ちた言葉の端々から伝わってくる。「いい意味で開き直れているのかな?」――松山ケンイチは自らの変化をそんな言葉で説明する。(取材・文・写真/黒豆直樹)

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松山は自身が考える“良い俳優の条件”のひとつに「一度、仕事をした監督に『またこいつを使いたい』と思ってもらえること」を挙げる。その意味で、映画「天の茶助」で2011年の「うさぎドロップ」に続いてSABU監督と再タッグを組めたことは大きな喜びだった。与えられた役どころは、人間の人生を決める脚本を執筆する“天界”の住人にして、天界の方針に逆らい、ひとりの少女の命を救おうとする男・茶助。しかも、かつて人間界にいた頃はヤクザの世界に身を置いていたという設定だ。

そもそも、話は「うさぎドロップ」の打ち上げにまでさかのぼる。「なぜかそこでSABUさんに『松山くん、ヤクザ似合うと思うんだよね。ちょっと考えてみるわ』と言われて(笑)、どうなるかと思っていたら、小説を先に書いているとか、(舞台である)沖縄に移る(3年前から移住)といった連絡をいただいて、最終的に書き上がった小説を渡されたんです。『松山くんでどうかと考えているんだけど』とおっしゃっていただいてすごく嬉しかったです。ファンタジーの要素も強いですが、ファンタジーをやりたいという思いもずっとあったんです。いままでやってきた役とは全く違うものになる――そんな予感がありました」。

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天界の住人が思いのままの脚本で人間の人生を決めるという設定は、松山がハマり役の“L”を演じた「デスノート」の死神を彷彿(ほうふつ)とさせる。今回は天界の住人という逆の立場だが結局、反旗を翻すことになってしまうところが興味深い。そんな指摘に、松山自身は「言われてみるとそうですね。演じている時は『デスノート』のことは全く意識すらしなかったですが、そう考えると面白いですね」とほほ笑む。

役作りに際しては、「天界の住人」ではなく「元ヤクザ」という側面をよりどころにし、「仁義なき戦い」シリーズやかつての東映の任侠映画を参考にしたという。ここでの役作りの過程、いや松山の思考そのものに、当代きっての“カメレオン俳優”と言われ、役ごとに身にまとう空気を含めガラリと変えてしまうこの男の神髄がある。

「昔のいろんな任侠映画や時代劇を見ながら、ヤクザという部分だけでなく、あのころの俳優さんの凄まじい野性的なエネルギーというのをひしひしと感じました。あの時代の男性らしさというものにひかれて、『なんであんな空気が出せるのか?』『なんで自分はそれができないんだ?』とずっと考えてました。いまの時代と比べて、お金も時間も機材などの技術的な部分も、あるとは言えない環境で、それでもやるというがむしゃらな感じが映像からにじみ出てくる。じゃあ、現代の裕福さの中にいる自分がそれをどうやったら出せるのか? 茶助は天界への反骨心を持っているので、それを生かして表現できればと思いました。完成した作品を見て、自分がここまできつい目つき、表情をしていたのかという新鮮な驚きを感じました」。

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運命をどう受け止め、対峙し、自ら道を切り開くのか。茶助の奔走を通じて見る者にそう問いかける。松山自身は「“運命”って実はすごく曖昧な言葉だなと思うんです。後付けで意味を持つことも多いですし。自分は、その場その場で選択し、積み上げたものでいまがあると思っているから、運命を肯定も否定もしないです」と語る。

仕事でもプライベートでも、いついかなるときも常に「どちらを選ぶか?」「するか? しないか?」と日々、選択を迫られてきた。その都度、必ず自分で最良と思えるものを選んできた自負があるから、後悔はない。一方で、「積み重ねてきたものを捨てること」の重要性をこの年齢になって実感しているという。冒頭の「開き直り」という言葉はここでの文脈で口をついて出たものである。

「経験を積む中で、どうしても分かった気になっちゃうんですよね。いろんな作品をやってきて『これは知っている』とか『やったことがある気がする』と経験で物事を考えようとしちゃう。でも、そうじゃないんですよね。『こういうことをやってきたから次はこれ』、『次はこうしなきゃ』という風に、積み重なったものが変な“荷物”になってしまうことがある。それを一度、全部崩してしまおうと考えるようになりましたね」。

20代を通じて“実力派”の称号を与えられ、同世代の中でもトップ集団を走り続けてなお安泰をよしとせず、自分を変えていけるのが、この男の魅力だ。「やっぱり、どこかで『狭くなっていってるなあ』という意識があったんですよね。映画がクランクインして、ファーストシーンの瞬間は可能性は無限に広がっている。だけど、シーンを重ねて方向性が決まり、ある程度のゴールが見えてくると、可能性はグッと狭まってしまう。たとえそこに矛盾があったとしても、いや、矛盾があるからこそ、いろんな可能性が広がる。普通に考えて普通にゴールするものを、僕自身があまり見たいと思えない。予想できるものに興味が沸かないんです。ズドンとしたパンチをもらいたいし『ここでそう来るか!』というわき上がるものがあってほしい。だから、常にセオリーを壊し続けていかないといけないと思っています」。

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