柘榴坂の仇討のレビュー・感想・評価
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不器用でもいい、ひたむきに生きろ
主君を守れなかった侍。
仇である刺客の一人の元侍。
時代に取り残された二人の男の生きざまを描いた、浅田次郎の短編小説を映画化した時代劇。
昨年秋の同時期公開の「蜩ノ記」は素晴らしい時代劇だったが、こちらも引けを取らぬ良質の作品!
見応えあり!
とにかくストーリーに引き込まれた。
彦根藩士・志村金吾。
妻を貰い、大老・井伊直弼の近習(=警護)という大役を仰せつかり、人生は約束された…はずだった。
“桜田門外の変”で主君を守れなかった事で暗転、切腹も許されず、生き恥を晒したまま、主君の仇を探し続ける…。
自分の人生の歯車を狂わされたからではなく、敬愛する亡き主君への忠誠心、自分の信念を曲げない侍魂が、時に悲しくも目頭を熱くさせる。
主人公・金吾が話の軸だが、刺客の男も感情移入出来る話になっているのが良い。
元水戸浪士・佐橋十兵衛。
“桜田門外の変”後、直吉と名を変え、素性を隠し続ける孤独な日々。
仲間たちは死に、自分は死に損なった身。
井伊暗殺に悔いは無かったが、その後の日本は井伊が夢見た日本へとなりつつある事を目の当たりにする。
彼もまた過去に囚われ続ける男。
“元刺客”“逃亡者”だからといって決して悪人ではない。
金吾同様、不器用で実直。悪人であったら長屋の近所の幼子が懐くはずがない。
時代は幕末から明治へ。
13年の月日が流れ、“仇討禁止令”が布告されたまさにその日、運命の悪戯の如く、二人は顔を合わせる…!
中井貴一と阿部寛が二人の“ラストサムライ”を名演。
広末涼子も金吾を支える妻をしっとりと好助演。
歌舞伎界の重鎮・中村吉右衛門が見事な佇まいで、井伊直弼の人間的な大きさを感じさせる。
遂に相対した二人の緊迫感。
あの日と同じく雪の中、剣を抜く。
禁じられた仇討の行方は…!?
この結末には、本作は“チャンバラ時代劇”ではなく“ヒューマン時代劇”である事を感じさせた。亡き主君の言葉が決め手となった。
幕末からの明治維新。
誰にも新しい日本が開かれた。
それは、これまでの生き方が覆させられ、失うものも多いという事でもある。
何も失う必要などないのだ。
誇り、多くを語らずとも通じ会う夫婦愛、日本人たる侍魂…。
不器用でもいい、ひたむきに生きろ。
話は悪くはないんだけど…
時代の変化
柘榴坂でのラストシーンは静かな雪が降り積もる中、とても緊迫感がありました
椿の花がとても美しいです
また、時代の変化により、武士の居場所がなくなっていく様子はとても切なかったです
世の中がどんどん西洋風に変わっていく…ただ、ミサンガのくだりはちょっとないなーと思いました
おそらく時代の変化の表現とラストシーンのための伏線(ミサンガのおかげで予想できてしまいます)ですが、ちょっと興醒めでした
全体的には観て良かった1本です
柘榴坂の仇討
柘榴坂の仇討ち 支え合いひたむきに生きる
抑えた演技が素晴らしい!これぞ日本の映画
ひたむきな姿
幕末の桜田門外の変において主君井伊直弼の御駕籠回り近習役として仕えていた彦根藩士志村金吾は目の前で井伊の殺害を許して
しまう。切腹も許されず仇討ちを命じられた金吾は時代が明治となってもなお井伊を殺害した刺客を探し続ける。
やがて、車引きの直吉と名乗る佐橋十兵衛を見つけ出し、剣を戦わす。
最後の二人が出会ってからの淡々とした話をお互いがする場面は良かった。
ひたむきに生きるかっこいい男の物語でした。
浅田次郎が好きなので
その後の生き方
生きて活かす己。
主演の中井貴一といえば「サラメシっ♪」と笑顔で喋り、
仇敵役の阿部寛は「エンブレ~ム♪」と叫びながら滑ってくる、
そんなコメディ俳優のイメージが板についてきた二人なので、
真面目な時代劇に大丈夫か?なんていう心配は杞憂だった。
浅田次郎の原作は知らない。短編集の中の一編らしい。
時代背景が奇しくも同日観た「るろうに剣心」と似通っており、
描かれるテーマにも通じるものがあって驚いた。
移り変わる時代の波に翻弄された元武士が矜持を貫くことと、
新たに生きることへの選択を迫られる。生き恥を晒してまで
生きるくらいなら潔く腹を切るのが武士の在り方と評された
時代、切腹も打ち首も許されず、ただひたすら主君の仇敵を
探すことだけに13年の月日を費やしてきた志村金吾。時代は
明治に遷り、仇討ち禁令が発令されたその日、金吾はようやく
最後の仇敵・佐橋十兵衛にたどり着くのだが…。
とにかく中井貴一の演技が素晴らしい。
静かな佇まいの中、表情を次々と変えてみせる。
敬愛する井伊直弼がまた中村吉右衛門、悪人のわけがない。
主君への忠誠が必ずやり遂げんと誓う金吾の意志を守り抜く。
彼の決意がどれほどのものであったか、藤竜也演じる秋元に
侮辱され斬りかかろうとする目は血走り鬼気迫るものがある。
命に代えて守らなければならないものが当時は主君だったが、
果たして今もそうであろうかという奥方の嫌味も的を得ている。
金吾にしても剣心にしても何をするのか腹は決まっているが、
問題はその後のことだ。
秋元と師匠の説教は、おそらく同じだったろうと私は思える。
女達の凛とした強さも良かったのだが(特に秋元の奥方)、
惜しむらくは広末涼子。彼女の演技が悪いわけではないが、
どうも相応しくない。妻というより妹や養女に見えてしまう
ほど若々しく血色がいい。ミサンガや手を繋ぐという所作も
せっかくの風情を打ち消すものになってしまって残念である。
武骨な車引きの阿部ちゃんも新境地。男の背中に泣いたぞ。
(歳がいってなければ^^;中井&小泉のペアで見たかったかも)
主人公の出した結論が意外だった
(悪い意味で)これぞ近年の日本映画だ!
いいシーンも一つか二つあるものの、基本的に評価できません。
この映画、近年の邦画の例に漏れず、重大な欠陥があります。それは
セリフやナレーションでは苦労したことになっているが、
スクリーンには苦労している様子がほとんど映らない
ということ、要は説明台詞だけで物語が成り立っているのです。
主役の中井貴一はきれいに月代を剃って髷を結い、着物にはツギひとつ当たっておらず、まったく「仇持つ身」には見えませんし、そんなにひどい目にもあってるわけでもない。平伏して上役に怒鳴られてるシーンが、合計で2~3分あるだけです。
芝居も他のドラマや映画で演じてきたような、それこそ大名の風格さえある所作で(褒めていません)、本作の役である近習の芝居には思われません。監督は「それは殿様の芝居だ」と指導しなかったのでしょうか。
百歩譲って主役はそういう人物だ、つまり武士は食わねど高楊枝、浪々の身にあっても武士たる者がむさい風体を見せられん、という矜持の持ち主だとしても(そういう人物造形はあり得ると思います)、その無理はどこかに出るのが当然でしょう。
すなわち、主人公を支える妻にその負担が出るべきで、働きすぎて過労で倒れるというような表現が絶対に必要なはずです。見た目も髪に白いものが混じるとか、手にあかぎれができるとか。日々の労働に追われて化粧もしない、くらいの感じは必要なんじゃないですか。
ところが画面の中の広末涼子、そういう苦労を重ねた女には全く見えません。髪は黒々、表情も明るく、ラストシーンで中井貴一に握られた手もきれいなもんでした。
勤めに出てもイビられるでもない、酔っ払いに絡まれるでもない、ただ普通に働いてるだけで苦労している風でもないでしょう。一箇所、仕立物が値切られるシーンはありましたが、収入が減ったためにどんな苦労があったかは全く描かれません。
一事が万事すべてこの調子、主人公と主君の信頼関係を表現するシーンがあるわけでもないのに「命を懸ける」というような重い台詞だけは羅列されるので
(何もしないで)口で言ってるだけの軽さ
がとても鼻につきます。
美男美女を揃えただけの女性向け恋愛映画で「愛してる」「大事にする」が軽くて薄っぺらいのが多々ありますけども、あれと似た類のイヤミです。大したことがスクリーン内では起きていないのに、言葉だけが表面上重そう、という。
その意味で「最近の邦画によくある感じ」でした。何もしないのを「おさえた演技」とか言わないで下さい。少なくともこの映画に関しては何もしてないだけです。
作り手(ことにプロデューサ・監督・脚本家)の問題は言うまでもありませんが、お客さんもこんなので感動してちゃダメですよ。作り手を甘やかさないように。
これだから日本のドラマは説明台詞ばっかりになるんです。
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