「不思議アート系喜劇映画」グランド・ブダペスト・ホテル DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
不思議アート系喜劇映画
英独合作映画
ベルリン国際映画祭オープニングに上映。審査員グランプリ受賞作品。
ストーリーは
仮想の国、スブロッカ。第一次世界大戦が終わり、第二次世界大戦の始まる前のヨーロッパで、一番豪華で人気の高かったホテルのコンセルジュ、グスタフ氏のお話。
世界中からお金持ちの女性が、グスタフ氏にお世話をしてもらいたくて、休暇をとって会いにやってくる。グスタフ氏は、最も有名で、お金持ちの間でもてはやされているホテルマンだ。彼は、山の頂上に立つヴィクトリア風の美しいホテルで、ホテルにやってきた女性たちを一人一人大切にもてなして、アルプスの山々の景観を楽しんで休養してもらうために、ホテル最大のサービスを提供する。グスタフ氏は、新しいベルボーイを連れて、いつもいつも忙しい。ベルボーイの名前はゼロ。どの国から、どうやってブタペストまでやってきたのか誰も知らない。教育ゼロ、勤務経験ゼロ、でも、とにかく気が利くのでグスタフ氏のお気に入りだ。
ある日、グスタフ氏をことのほか気に入っていた年寄りの女性が亡くなった。グスタフ氏はゼロを連れてお葬式に行ったところ、ちょうど遺書が開封されるところだった。亡くなったおばあさんの親戚が全員集まっている。おばあさんの遺書によると、遺産はルネッサンス時代の名画ひとつだけ、、、これをグスタフ氏に贈るという。遺族たちは怒り心頭、グスタフ氏を罠に落とそうと画策する。皆で口裏を合わせて、おばあさんはグスタフ氏によって毒殺された、というのだ。
グスタフ氏は逮捕され刑務所に送られる。
刑務所でもグスタフ氏の誰にでも気分よく過ごしてもらうホテル式サービル精神は変わらない。グスタフ氏は刑務所仲間から評判が良くて、とても大事にされている。一方、グスタフ氏のいなくなったホテルでは、毎朝全職員がグスタフ氏のスピーチを聴きながら、そろって朝食をとることになっていたが、いまは、刑務所からゼロが受け取ってきたグスタフ氏の手紙のスピーチを、ゼロが読んで朝食をとることになっていた。ゼロはキッチンのパン焼き係りの少女と結婚する。このお嫁さんが、刑務所に、パンとケーキに鉄やすりやシャベルを忍ばせてグスタフ氏に差し入れをする。グスタフ氏は同室者5人で、刑務所脱走に成功。迎えに来たゼロと一緒にホテルにもどる。
そうこうしている間に、おばあさん殺しの真犯人がわかり、グスタフ氏の無実が証明された。しかし、第二次世界大戦の不穏な波がブダペストにも及んでいた。ある日、グスタフ氏がゼロを連れて鉄道で移動する途中、独軍に捕らえられ二人は引き離された。そしてそのままグスタフ氏は行方不明になってしまった。グスタフ氏は、どんなところで生まれ育ったのか、自分のことは誰にも言ったことがなかった。そして突然居なくなってしまった。ゼロはグスタフ氏を待ちながらホテルに留まっていたが、もう年を取ってしまった。
かつてヨーロッパで一番立派だったホテルも、グスタフ氏をなくして今はもう見る影もない。戦前からこのホテルを贔屓にしてくれた人々が時たま思い出したかのように、訪れるだけだ。すっかり年を取ってしまったゼロは、それでもグスタフ氏を待ち続ける。
というお話。
ストーリーにすると、こんなお話だがこの映画は喜劇で、話の筋やストーリー展開ではなく、一コマ一コマを笑う映画だ。早いピッチでシーンが変化して画面の面白さで笑わせてくれる。ちょうど喜劇の舞台を、映画でスピードアップして、次から次へと笑わせるようだ。ラルフ フィネスのソフトで誠実そのもの、繊細な人柄が、おおまじめにホテルサービスする姿が、とてもおかしい。ホテルマン達はみんな忙しいので、早口でしゃべる。ゼロはとりわけ早口だが、同じ口調でラルフ フィネスが早口ことばでしゃべると、言葉が上滑りしていて、笑える。それらの言葉がウィットとユーモアに富んでいて、皮肉もきつい。イギリスの上質の笑い。本格的なシェイクスピア舞台俳優ラルフ フィネスにしか出せない質の高い笑いだ。
刑務所の脱走なども、現実離れしていて、無声映画時代のチャップリンを見ているようだ。雪のアルプスをソリで脱出するシーンなど、オリンピックのジャンプ台からスレーダーから山スキー競技まで、敵に追いつ追われつ全部こなすところなど、笑いが止まらない。
山の頂上に建つピンク色の瀟洒なホテルや、ホテルの中の装飾、登場人物たちの服装など、現実離れした映画監督ウェス アンダーソンの独得の美意識が見受けられる。この監督の前作「ムーンライトキングダム」(2012年)を見て、彼の独得の映画のセンスに興味がわいた。この映画も、非現実的な世界の羅列で、絵画のように、見て楽しむ映画だった。20メートルくらいの高い木のってっぺんに、ボーイスカウトのテントがあったり、教会の尖塔の穂先で、取っ組み合いをしたりしていた。彼の映画を好きな人と嫌いな人とが、はっきりと分かれるだろう。嫌いな人にとっては この映画、さっぱりわからない。絵画でいうと精密画や印象派の絵やデッサンを違って、いわば抽象画だ。何を言おうとしているのかは、描いた本人にしかわからない。見た人はそれぞれ画を自分にひきつけて観て自分なりの解釈をするだけだ。そういう映画もあって良い。
出演者がみな有名な役者ばかりで、一人ひとりが端役でなくて主役級の役者ばかりが、この映画のちょい役で出演している。とても贅沢な映画だ。映画のプロばかりで ウェス アンダーソンと、ちょっと遊んでみました、という感じの映画。しかしこの映画の成功は、1にも2にも、主役をラルフ フェネスにしたことで以っている。彼のソフトで紳士的な口調、声の柔らかさ。デリケートで神経の行き届いた表現と物腰。怯えた少年のような青い目。
「シンドラーのリスト」(1993年)で、冷酷無比なドイツ軍将校を演じて、注目されるようになった。自分の一存で人を死に追いやったり、一度だけチャンスを与えて再び酷い死に目にあわせたりして楽しむヒットラーの盲信者の狂気を見事に演じて、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされた。
ピーター オトウールの演じた「将軍たちの夜」という映画があった。戦時下のナチズムの嵐の中で、身の毛がよだつような、、人がどこまで人に対して残酷になれるかテストしているような、、、絶対狂っていなければできないようなことを平気でやるサデイストを、ピーター オトウールが、当たり前のような顔で演じていた。彼がお茶を飲んだり、街を歩いたりするシーンごとにあぶなっかしい狂気が潜んでいて、いつどこで爆発するかわからない、不安に満ちた映画だった。そのときのピーター オトウールの「あぶなっかしさ」は、ラルフ フィネスの物腰にも共通する。現に、ラルフ フィネスが、王立演劇学校を卒業して役者になって初めて踏んだ舞台が、「アラビアのロレンス」のロレンス役だった。ロレンスとピーター オトウールと、ラルフ フィネスの3人には、共通する「繊細と狂気」が潜んででいるのではないだろうか。そんな役者が、この映画では喜劇を演じていて、とても笑わせてくれた。
一枚の抽象画をみるような、愉快な舞台を観ているような、楽しくて、不思議なテイストの映画だ。