マザー : インタビュー
ボーダー柄の変化を見逃すな! 楳図かずお×片岡愛之助が語る撮影秘話
日本を代表する恐怖漫画家楳図かずおの長編初監督作「マザー」。これまで数多くの作品で人間の闇を見つめてきた楳図が、自身の生い立ちと母との関係を一部投影した自伝的映画だ。主人公の漫画家楳図かずおを演じるのは、ドラマ「半沢直樹」など歌舞伎以外でもその活躍が注目される片岡愛之助。楳図監督自身も考え付かなかったという異色のキャスティングが、映画への期待をかきたてる。ホラー漫画の巨匠がメガホンをとる現場は、果たしてどのようなものだったのだろうか。(取材・文・写真/編集部)
独特の個性を持つ漫画家として知られる楳図自身を演じる俳優選びは、もっとも重要な場面だったに違いない。「主人公をどなたにしようか考えているときに、松竹さんから愛之助さんどうですかと提案されて、それは面白いなと思ったんです。イメージの幅ができて、あっ、これだと思ったんです」。想定外のキャスティングが、主人公のキャラクター像をふくらませた。「なり得そうにないところに焦点を当てて、それをやれるところまで引っ張ってくるのがものづくりの苦労、醍醐味なんです。そういうわけで愛之助さんが良かった」(楳図)
配給会社からオファーを受けた愛之助は、楳図監督の半生を描く作品だと聞き、一度は断ったという。「ぜんぜん似てないですしね。でも、先生から楳図かずおという漫画家の役をやってくださいといわれたので、それだったらうれしいと思ってお受けしました」といきさつを語る。劇中では終始楳図のトレードマークである赤いボーダーシャツを着ることになるが、体型も異なることから撮影前には若干の不安があったそう。「ボーダーは先生の命であり、カラー。僕がボーダー着て、大丈夫かな? って思っていましたが、意外としっくりきました(笑)」
さらに、ボーダーシャツについてはこんなエピソードが。「映画を撮り始めて、何パターンも着せられるんです。実は、映画の中の楳図が、よし、戦おう!と思っているときはボーダーの幅が広いんです。そして、弱気になる場面では細くなってくるんです。それって、漫画の世界ですよね。こう考えられるところが楳図先生の設定。普通の監督はだれも思いつきませんよ、衣装が変わったらNGになりますから。でも、そうじゃない、そこで幅が変わることが楳図先生の漫画家としての視点なんです」と監督ならではのこだわりを紹介する。
映画では、息子を愛しながらも、自らの悲しい過去を拭いきれずにこの世を去った母イチエの怨念が、漫画家楳図たちを恐怖に引きずり込む。このように楳図作品では、その怖さが登場人物の持つ悲しさと結びついたものも多い。怖さを引き出す想像の源とはどのようなものなのだろうか。「それは難しいですよね。単純に脅かすということでしたら、すごく簡単なんです。僕はオバケ屋敷をいくつも手がけましたが、矢庭に出てくれば誰でも大体怖がります。角を曲がったら、いきなり出てくるとか、トイレで下から何かが覗いていたとか。ただ、そういうことばかりだと恐怖の質が浅くなっちゃうんです。僕は人間の持っている深くてどうしようもない状況を追究することが、質が高い恐怖になると考えていて、今回の作品でもそれを目指しました」(楳図)
撮影現場は、楳図監督のパワーあふれるものだったと愛之助は振り返る。「先生が台本にかけるその熱さは、並大抵のものではない。この細いお体から、どこからそんなエネルギーが出るのかと思うくらいの力強さと信念を持ってらっしゃるんです。ですから、監督が決めたことに対して、みんなが一丸となってついていくという現場でした。また、重要な場面では、撮りたいシーンの絵コンテを描いてくださったんです。それが当たり前ですけど、上手くて上手くて(笑)。それだけで十分漫画になりそうでした。何をどういう風に表現してほしいのかということがものすごく伝わったので、そういう意味では楽でした。苦戦するかなと思っていたんですが、案外すっと撮れて驚きました」
楳図監督もどんな役でも器用にこなす愛之助の好演を高く評価する。「今回の映画はクモとヘビの対決のような、子どもっぽいシーンもあれば、真行寺さんが演じる女の世界だったり、子どもから大人まで世界観に幅があるんです。主人公はそこに自然に巻き込まれてしまう。そこを問題なく見られるのはやっぱり愛之助さんのすごさだと思います」
撮影ではとりわけ美術面に重きをおいたそうで、母親イチエ役を演じた真行寺君枝のメイクは楳図監督自身が考案した。「明るくなった時はメイクもすごく明るく、死んでいくまでは真っ黒のメイクにして、その上にわざとキレイなメイク、例えばエリザベス・テイラーやビビアン・リーなど昔の女優さんのような細い眉と赤い唇の華やかなメイクを乗せました。髪の毛も、年寄りくさくなる白髪は嫌だったので、かぶって華やかになるようなパーマのかかった銀髪。細かい部分で工夫したんです」とこだわりを明かす。
映画作品では、とりわけ「ローマの休日」が好きだという。「引っ越すことになったとき、本や洋服をいっぱい捨てたんですけど、昔話と童話の本だけが残って、ああこれが僕の本質、すべて自分のことだなと思ったんです。『ローマの休日』もおとぎ話の類ですよね」。御年78歳、漫画は休筆中ではあるが多方面で活躍を続け、少年のような笑顔で語る巨匠の原点はここにあった。「昔話は話が始まって、少しページをめくると結末が見えるところが好きなんです。明快なストーリーは、逆に掘り下げるといろんな人間の生き方が見えてくる。今回の映画もわかりやすい話になっていると思います。死ぬ間際などリアルな描写もあるけれど、そういう部分も含めて単純な世界でよく出来た120点の作品です!」