劇場公開日 2014年6月28日

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her 世界でひとつの彼女 : インタビュー

2014年6月25日更新
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スパイク・ジョーンズ解体新書 アカデミー賞受賞した奇才の「現在・過去・未来」

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脚本を兼ねた監督最新作「her 世界でひとつの彼女」で、第86回アカデミー賞脚本賞を受賞したスパイク・ジョーンズ。「マルコヴィッチの穴」で衝撃的な映画監督デビューを飾って以来、その独創的なビジュアル世界とキュートな登場人物が織りなす“少し不思議”なドラマ性で、映画ファンを魅了し続けるジョーンズ監督が、最新作で取り組んだのは「人間と人工知能との恋」というタイムリーな題材だ。ただし、テクノロジー社会への警鐘でもなければ、現代人のコミュニケーション不全に対する皮肉でもない、王道のラブストーリーに仕上げた点に、彼の人間性と監督としての成熟が受け取れる。最高傑作の呼び声も高い本作に至る「現在・過去・未来」を通して、奇才スパイク・ジョーンズを徹底解析する。(取材・文/内田涼)

映画は近未来のロサンゼルスを舞台に、人工知能OS「サマンサ」の知的で魅力的な声にひかれ、次第に“彼女”にひかれる中年バツイチ男性・セオドアの悲喜こもごもを描いた。

「Siri」が誕生するはるか以前、約10年前に本作の着想を得ていたといい「偶然、ネット上でAI(人工知能)とやりとりができるサイトを見つけたんだ。僕が『ハロー』と言えば、相手は『ハロー』と答える。『調子は?』『いいです、あなたは?』なんて会話をしながら、一瞬興奮を覚えたんだ。すぐに結局はよくできたプログラムがオウム返ししているだけと気づいたけど、もしOSが完全な意識をもった存在なら、人間とどんな関係性を築けるんだろうとストーリーを発展させた」と明かす。

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「映画が完成すると、こうしたインタビューを受けるんだけど、どうしてもテクノロジーの進化みたいな話題になりがちで、そのたび僕はフリーズしちゃうわけ。なぜなら、セオドアとサマンサの物理的な関係はストーリーの“背景”でしかないからね。両者の愛や結びつきを多角的に描くことで、人間関係における願望や恐怖という普遍的なテーマに迫りたかった。好きな相手に、いつまでも好意を持ってほしいという気持ちや、逆に相手や自分が変わってしまう怖さというのは、いつの時代も変わらないから」

とはいえ、一見突飛でありえない設定ではある。そこで必要になるのが、ストーリーや感情にリアリティと説得力をもたらす俳優の存在だ。セオドアを演じるのは、近年「ザ・マスター」「エヴァの告白」などに出演し、渋みと重厚感が一層増しているホアキン・フェニックス。ジョーンズ監督は、その魅力をこう語る。

「セオドアは孤独や悲しみを抱えているけど、そこに埋没せず、毎日をどうにか明るくしたいという前向きな気持ちがある男なんだ。ホアキンになら、その二面性が演じられる。彼と仕事して特に刺激的だったのは、時折見せる“違和感”だった。そんなときは、だいたい、僕が監督としてラクをしてしまったり、思慮不足になっていたりするんだ。自分自身を見つめ直す上でも、必要で価値あるバロメーターになっていたよ」

一方、もう“ひとつ”の主人公である人工知能・サマンサを、大人気女優スカーレット・ヨハンソンが演じる。ただし、あの輝く金髪もセクシーな美ぼうも封印し“声のみの出演”という異例のキャスティング。知的でユーモラス、鋭い勘と豊かな感受性、そしてセオドアとの交流を通して、自ら進化していくサマンサを声だけで演じきったヨハンソンは高く評価され、ローマ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞した。

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「スカーレットの魅力は、否定しようがない強い存在感に尽きるね。その姿が見えていようがいまいが、存在感がパワフルなら、セオドアと同じように、観客も強く心ひかれるはずだと信じていたし、実際その通りになった。よく『サマンサを、アバター的に可視化しようとは思わなかった?』と質問されるけど、それはノー。彼女の存在が、セオドアの心や精神にだけ存在するというアイデアが気に入ったからね。きっと君も映画を見て、サマンサの存在を“感じて”くれたよね」

1999年に製作された「マルコヴィッチの穴」以前から、スパイク・ジョーンズの名は音楽ファンの間で知れ渡っていた。ビースティ・ボーイズ、ビョーク、ダフトパンク、ケミカルブラザーズら名だたるアーティストのMV製作を精力的にこなし、名優クリストファー・ウォーケンがホテルのロビーを踊りまくるファットボーイ・スリムの“Weapon Of Choice”は世間の度肝を抜いた。人々は、映像と音楽が融合した「スパイク・ジョーンズ的」世界に魅せられていく。

「今、90年代を振り返って思うのは、すごくラッキーだったなということ。大好きなミュージシャンと出会い、すばらしい仕事の機会にも恵まれた。それにファンのみんなが『これって、スパイクっぽいよね』って作品を気に入ってくれたのも、うれしかったよ。その反面、僕自身が“自分らしさ”に縛られて、プレッシャーを感じた時期もあったんだ。そんな状態だと、仕事に対しても充足感が得られなくなるしね」

そんな精神的な停滞を「自分が感じていること、目の前にあることを作品にするだけ」(ジョーンズ監督)というクリエイティブな原点に立ち返ることで打破し、同じく奇才の脚本家であるチャーリー・カウフマンとタッグを組んだ「マルコヴィッチの穴」、「アダプテーション」(2002)はどちらも高い評価を勝ち取った。

その後、ジョーンズ監督同様MV界で脚光を浴びていたミシェル・ゴンドリーの長編デビュー作「ヒューマンネイチュア」(02)、カウフマンが初メガホンをとった「脳内ニューヨーク」(08)などをプロデュースし、「ジャッカス・ザ・ムービー」シリーズ3本の製作総指揮を務めるなど、信頼する友人をサポート。同時にモーリス・センダックの不朽の名作絵本を映画化する監督3作目「かいじゅうたちのいるところ」(09)を、約5年の歳月をかけて完成させ、原作者とファンを納得させる極上のファンタジードラマとして、新境地を切り開いた。

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「あの絵本は個人的な思い入れがものすごく強いから、センダックの絵本を映画化するという以上に、まるで自分の物語を紡ぐような感覚だった。僕にとって、それは初めての体験だったんだ。もちろん、カウフマンと作った映画も、ミュージシャンと作ったPVも最終的には自分の物語なんだけどね」

晩年のセンダックに密着し、その半生をひも解いたドキュメンタリー「みんなのしらないセンダック」(09)、ロボットの切ない恋を描き「her 世界でひとつの彼女」のプロトタイプともいえる約30分のショートフィルム「アイム・ヒア」(10)を経て、ジョーンズ監督は6月28日に全国公開される最新作へとたどり着いた。「自分の物語を紡ぐ」という意味では、初の単独脚本作であり、どの過去作品よりも「自分が考えていること、思っていること、執着していることを思いきりぶつけた」という。

「僕の映画作り、いや人生全体において、人間関係はとても大切な要素なんだ。人工知能と恋に落ちる男の物語を通して、人とのつながり合いを問いかけるきっかけになるって思ったんだ。現代人の孤独を描いているかって? うーん、それはちょっとクリティック(批評的)な見方かもしれないね。確かにそうかもしれないけど、最初からそれを狙っているわけじゃないし、常に作品はパーソナルなものであるべきというのが、僕の持論。自伝的、という意味じゃなくてね」

全米ではワーナー・ブラザーズが配給した本作だが、日本ではジョーンズ監督の強い意向でアスミック・エースが配給を手がけている。「プロデューサーに『日本の配給については、まずアスミックに相談して』って伝えたんだよ。『マルコヴィッチの穴』と『アダプテーション』を日本のファンに紹介してくれた会社だからね。クリエイティブな絆こそ、僕ら作り手には大切なことなんだよ」

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10数年にわたり、映画監督として世界中のファンを魅了するジョーンズ監督だが、劇場長編映画は「her 世界でひとつの彼女」がまだ4本目。「40歳を過ぎて、次の20年間は、あまりいろんなことに手を出さず、自分の物語を紡ぐこと……、つまり映画に集中しようかなと思っている。MV製作の本数も減らしているしね。次回作? まだ話せる段階じゃないけど、アイデアを頭のなかで膨らませるのは楽しいね」と映画ファンにはうれしい発言も飛び出した。

奇才の名をほしいままにしているジョーンズ監督が、「頭のなかで膨らむアイデア」を映像化する際のポリシーを尋ねると、返ってきたのは天才的な格言ではなく、シンプルかつ本質的な言葉だった。

「まるで昨晩見た夢を再現するようなものだからね。アイデアを練り、言葉にし、試行錯誤を繰り返す。さらにそれを他人に伝えて、共有する必要がある。美術や音楽、俳優の演技といった無限の要素を重ね合わせるプロセスは、いまだに『よくこれで、ひとつの映像が出来上がるな』って驚くよ。つまり、才能あふれるアーティストとのコラボレーションが必要なんだ。人間関係を大切にしている理由もそこにある」

そして、自分の胸に手を当てながら「何より、アイデアがここに響くかどうかが大事。ロジック的に面白いだけじゃ不十分なんだ。迷ったとき、常に胸を突き動かした初期衝動に立ち返れば、自然と答えは見えてくるはずだからね」とジョーンズ監督。最新作「her 世界でひとつの彼女」が性別や世代を超えて、観客の心にストレートに訴えかけてくる理由もそこにある。

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