「時の埃にあらがうもの」エレニの帰郷 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
時の埃にあらがうもの
アンゲロプロス監督の作品は難解だと言う人もいるが、私はそう感じたことが無い。
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じゃあ、お前はこの世界観を全て分かっているのか?と問われれば、「分かりません」と答える。
ギリシャに生まれて戦争や内乱を経てきた監督の世界観を、日本に生まれてノンベンダラリと暮らしてきた私が分かる筈も無い。
「分かる筈のないもの」ではあるが、映像の圧が、有無を言わさず何かを感じさせるのだ。
アンゲロプロス監督の作品は、「分かるか否か」ではなく「感じるか否か」だと思っている。
(だから難解というのはちょっと違うと思っている。)
そして感情に照らして観れば、もの凄く真っ直ぐな映画だと思う。
『旅芸人の記録』も『ユリシーズの瞳』も、真っ直ぐなあまりにも真っ直ぐな作品であった。
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そして監督の遺作『エレニの帰郷』。
1953年から1999年の半世紀に渡り、ソ連・アメリカ・カナダ・ドイツを彷徨うメロドラマ。
エレニ、夫のスピロス、そしてエレニを愛した男ヤコブの物語。
バックグラウンドには
1953年スターリン死去/1956年フルシチョフのスターリン批判/1973年ベトナム戦争終結/1974年ギリシャ軍事政権終焉/1989年ベルリンの壁崩壊
等が直接的又は間接的に描かれる。
追放・別離・放浪…歴史の試練はエレニ達にも降り掛かる。
時代の激流にのみ込まれ押し流された後、最後に残るものは何なのか?
それは人間のプリミティブな感情だったのではないか。
50年という時の埃に埋もれかけた激情の記憶。
年老いたエレニ、スピロス、ヤコブがベルリンで再会するシーンが心を打つ。
老人達の記憶は、若き日に過ごしたN.Y.やトロントへと飛ぶ。
「行かないでくれ」と慟哭した日々に。
あなたを探した日々に。あなたを抱きしめた日々に。
半世紀たってなお疼く胸の痛み。自分が生きてきた最後の証。
歴史に抗い、時を乗り越えるものは何か?
それを、アンゲロプロス監督は静かにそして激しく1シーンに込めた。
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以下は蛇足の所感です。
映画の前半部分は少し違和感を覚えた。異常な長まわしで有名な監督の作にしてはワンショットが短く感じた。意外な事にテンポよく進む。映像の圧も薄い。そして説明的な部分も多かったように思う。(あくまで彼の作品群と比べた場合であって、通常の映画と比べたら長いし説明も無きに等しいのだが。)
本作のテンポに慣れた後半では自分の違和感も消えていた。