「慈しみの姫」風の谷のナウシカ sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
慈しみの姫
宮崎駿監督は一貫して環境破壊や戦争をテーマに作品を作り続けている。この作品の舞台となるのは「火の七日間」と呼ばれる産業文明を崩壊させた大戦争後の世界。人間の身勝手な行いから汚染された大地には、腐海と呼ばれる有毒な瘴気を放つ菌類が生育する森が拡がっており、そこでは巨大な蟲と呼ばれる生物が生態系を支配している。
人間はその腐海の影響を受けていない土地で細々と暮らしているが、周辺国を支配しながら強大な軍事力を持った大国のいくつかは、腐海を焼き払って蟲たちから再び世界を人間のものに取り戻そうと策を練っている。
現実の地球の環境問題にも訴えかける内容だが、この作品の独特の世界観が素晴らしい。冒頭からほんの少しのテロップが流れるだけで、詳しい世界観は語られないのだが、メーヴェに乗ったナウシカが腐海の森に入っていくシーンですぐにもこの世界に引き込まれてしまうような感覚を味わう。
腐海の森の神秘的な描写に、王蟲を筆頭に蟲たちのフォルムの独特さ、そして風の谷の見たことのない風景なのにどこかノスタルジーを感じさせる描写。
何よりも自然を愛し蟲たちと共存しようと歩み寄るナウシカの慈しみ深いキャラクターに魅了される。
自然や蟲たちには優しいナウシカだが、自分の父を殺したトルメキヤの兵士に対しては有無を言わせず憎悪のままに襲いかかる。
トルメキヤ軍を指導するのは若き女帝クシャナだが、腐海の森を理解しようとするナウシカとは正反対のキャラクターだ。
決して彼女は純粋な悪として描かれているわけではないが、自然を支配しようとする人間の傲慢さを代表しているのは明らかだ。
少しでも自分たちの利益のことだけを考えるのではなく、他人に歩み寄る心があれば世界は平和になるのに、人はなかなか理解し合うことの出来ない生き物だ。
トルメキヤは世界を支配するために、かつて世界を滅ぼした巨神兵の生き残りを復活させようとする。しかしそれは再び世界を炎で焼き尽くす行為でもある。まるで核の炎のように。
有毒で人が住むことの出来ない腐海が、実は人間によって汚染された土壌を時間をかけて綺麗にしていたという事実が分かるシーンは色々と考えさせられた。
ナウシカは人と蟲たちの間に立って、何とか愚かな戦争を止めさせようと奮闘する。自分を犠牲にしてまで、世界を救おうと懸命に飛び回るナウシカの姿には何度も心を打たれる。
王蟲から伸びる金色の触手にナウシカはが包まれるシーンは、とても美しくいつまでも心に残る。
久石譲の楽曲も素晴らしく、どの場面を取っても無駄なところがない、ジブリ作品の中では一番の傑作だと思っている。