「狩って兜の緒を締めよ」フォックスキャッチャー 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
狩って兜の緒を締めよ
実話が基の映画によくあるよう、描写が事実と異なる/異ならないで
海外では揉めているらしいが、取り敢えず映画の情報のみでレビュー。
雨に濡れて冷えた金属のようなこの手触り。静かだが、観続ける内に
冷や汗がじっとり滲んでくるような緊張感に満ちた作品だった。
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′84年L.A五輪金メダリスト、マーク・シュルツを演じたチャニング・テイタム。
彼の肉体と憮然とした表情はこの役にドンピシャ。
ひとり黙々と練習し、ぼろアパートの一室で黙々と飯を食う姿。
兄とのスパーリングが段々と熱を帯びていく様子。
偉大な兄の影から抜け出したい。兄の力を借りずとも
自分は強いのだと、世間に認めてもらいたい。
そんな彼の苛立ちが、セリフ無しでもひしひしと伝わる。
そんな彼に手を差し伸べる大富豪ジョン・デュポン。
演じるスティーヴ・カレルはさすがの主演男優賞ノミニー!
終止感じられる不穏で不安定な存在感。
拳銃を片手に練習場で立ち尽くす姿や、生気の失せた眼で
自身のドキュメンタリーをぼんやり眺める姿の不気味さ。
一方で、金で買われた試合に勝利して小躍りする姿や、
朝靄の中、野に放った馬たちを呆然と見つめる姿が憐れ。
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かたや兄の名声に隠れて世間から認められない男。
かたや厳格な母から『男』として認められない男。
そういえば二人とも、独立戦争の英雄ワシントンの
絵画を自宅に飾っていたことを思い出す。
独立戦争での弾薬供給で財を成したデュポン財閥。
ジョン・デュポンには『自分は祖国の勝利に貢献した
一族の男である』という誇りがあったのだろう。
だからこそ、『祖国に名声をもたらした英雄が、
置かれた境遇のために不当な扱いを受けている』
とマークに同情し、彼を選んだのだろう。
初め、2人が目指していたものは同じだった。
世界大会で優勝したマークとデュポンが固く抱き合ったあの時、
彼らを結び付けていたのは、互いへの敬意と感謝……
間違いなく友情と呼べるものだったと思う。
それなのに。
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名声を得た後こそ人は謙虚であり続けるべきである事を、
デュポンは学んでこれなかったのだろう。いや、そもそも
あんな母親の下では学ぶ術も無かったのだろうか?
国際大会での優勝が彼の財力無しにはあり得なかったのは
確かだが、彼はスポンサー以上の立場を求めてしまった。
自分は優秀な“狩人”であり、人生における指標となるべき
『男』なのだという誇大妄想にも似た想い。
きっとそれは母への当て付けだったのだろう。
自分はこんなにも強く、こんなにも人に慕われている。
それを認めないあなたの方が間違っているのだ、という、
そんな主張。
その奥底にあったのはきっと『母に認められたい』という願いだ。
だがそれは母の死と、マークの兄デイヴによって打ち砕かれた。
デュポンでは、どん底のマークを再起させられなかったから。
マークはデュポンではなく、デイヴに依存したから。
デイヴはただ愛する弟を救いたい一心だっただけだが、
デュポンからすれば彼はデイヴに真っ向から否定されたのだ。
自分が世間、そして母に認められるべき人格者であることを。
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彼の犯行動機は逆恨み以外の何でもない。身勝手極まりない。
マークを慢心させたのも、マークを先に裏切ったのも、デュポンの方だ。
テロップで示されるあの惨めな最期は因果応報だと思う。
だけど、それでも彼を哀れに思ってしまう。
世界大会でマークが優勝した後の、酔っ払ったデュポン。
金で買われた友人しか知らなかった彼は……
仲間から誉めてもらえることが素直に嬉しかったんだと思う。
“ビッグ・D”だなんて渾名で呼んでもらえることが
心底嬉しかったんだと思う。
それだけで王様のような気分になって、自分が英雄
であるかのように思い込んでしまったのだとしたら……
なんとも子供じみていて、やりきれない。
<2015.02.22鑑賞>
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余談:
シエナ・ミラーが兄デイヴの奥さん役で、
『アメリカン・スナイパー』に引き続きの内助の功。
……アカデミー作品賞ノミネート作品に2作も出演だと……!?
どちらの作品でも物語の邪魔をしない堅実な演技でした。
そういやチャニング・テイタムは『G.I.ジョー』で恋人役
だったよね。まさかこんなシリアスな映画で再共演とは。
もう2人ともあんなコミックキャラとはSAYONARAロボコップ。
……と思ったら次作『ジュピター』で耳トンガリ宇宙人を演じるテイタム……。
うん、まあ、なんだ、頑張れテイタム。