「心にしみるファンタジー」青天の霹靂 R41さんの映画レビュー(感想・評価)
心にしみるファンタジー
劇団ひとりさんの小説「陰日向に咲く」を読んだことがある。
「泣いてもいいですよ」というコピー 不覚にも泣いてしまった。
この作品も知ってはいたが、タイトルに魅力を感じず、今まで見ていなかった。
しかし、また不覚にも泣いてしまった。
主人公の轟晴夫はマジックバーで働きながら貧しい生活をしていた。TVでは後輩が活躍し、プロデューサーを連れて店にまでやってきたが、晴夫にもうやる気は見られない。
同じバーテン仲間に、「母はオレを生んで男と逃げた。二人が出会ったのがラブホテルの清掃、親父とは高校卒業以来会ってない」
荒川警察署から電話がかかってきて、お父様が亡くなったと告げられ、仕方なく遺骨を引き取りに行く。
親父が死んだ場所 浮浪者の住む段ボールハウス。その中で見つけた「小さな自分と父の写真」
思わず漏らした本音「生きるって難しいよな。毎日みじめだよ。オレって何のために生きているのかな。なんで俺なんか生きているのかな…」
そうつぶやいた直後、落雷に打たれて倒れる。
少年たちにつつかれて顔を上げると、少年が持っていた新聞紙には「昭和48年10月5日」の文字。
どこかの路地の階段に座り暇つぶしにコインマジックをしていると、それを見ていた少年に声を掛けられる。
こうして晴夫は浅草ホールで芸人として働き始める。
彼のアシスタントとしてエツコが指名される。エツコはもともと「チン」のアシスタントだったが、彼の失踪で晴夫のアシスタントになった。
やがて晴夫は、少年の得意芸から、彼はバーで働く仲間ではないかと気づく。
そして美人で気さくなエツコにほのかに恋心を抱くが、彼女はチンと同棲中だった。
警察に補導されたチンを迎えに行く晴夫。
チンは、親父だったのだ。事の次第がわかってきた晴夫。チンと組んで「ペペとチン」というコンビで売り出す。二人はお互い癇に障る仲だったが、次第に名コンビになる。
エツコの臨月も近づいたころ、彼女は胎盤剥離で入院する。これがどんなものかをチンは医師に教えられ、彼は芸人というおぼつかない仕事を辞めてラブホテルの清掃員として働く。
一方TVという大きな媒体に挑戦し始めた晴夫は、途中で抜けたチンを横目に「轟晴夫」として最終オーディションへ。
5月10日 晴夫の誕生日 オーディションは順調に進み、病院では分娩室で必死の出産が始まった。
晴夫はこのオーディションへ行く前に、エツコの病室を訪れる。
エツコは晴夫と出会ってから彼の不思議な言葉が彼女のアンテナに引っ掛かるようになる。
巨人のV9 ユリゲラー… 彼女は未来を見通すことができると思われる晴夫に「この子の将来」を訪ねる。
晴夫は彼女に彼の少年時代を話す。同時に自分は何もかもうまくいかないけど、その人生をどれだけ母が望んでいたのかを知る。
そして彼女にこう伝えた「エツコさんは生きる理由です。そんな母さんの子供に生まれてきてよかった。そう思います」。
最後のオーディション 空中に浮かぶあの「紙の花」 それがバラに変わり…
分娩室では「おぎゃー」という鳴き声…
突然の落雷…
バラを持ったまま、消えてしまった「晴夫」
気が付くと彼は元の世界に戻っていた。
電話が鳴る 荒川警察が「浮浪者のいたずらで、遺骨を返してほしい」
そこに現れた「父」 「あ~あ、あんなこといわなきゃよかった」
そこでちょっと時間が戻り、河川敷でチンと話す晴夫 「ありがとう」
少々終わり方が今一つなのだが、劇団ひとりさんらしい心温まるストーリーだった。
バックトウザフューチャーのように過去に行って親に会うという型はいくつもある。
しかしどれも「現実を変えよう」というのが根幹にある。
晴夫もまた「子供を堕せ」と現実を変えようと叫ぶが、必死になって生きている親を見て、それ以上は何も言えなくなる。
晴夫は、チンとは組まずに自分の芸で舞台に立つ。彼らの奮闘に関わろうとしない。
それは、母エツコとの会話がそうさせたのだろう。
「生きる理由」
いまの自分がこうなってしまったのは両親の所為。
この考えを変えたことで、彼は生まれ変わったのだろう。
そして現実は何も変わってはいない。
変わったのは「オレ」なのだ。
父が嘘をついて息子を呼び出したことをきっかけに、天の母は雷となって、晴夫の性根を叩いたのだろう。
美しい物語だった。