劇場公開日 2014年3月29日

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白ゆき姫殺人事件 : インタビュー

2014年3月18日更新
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井上真央、女優冥利に尽きる難役を経て得た充足感

女優の井上真央が、中村義洋監督と初タッグを組んだ主演作「白ゆき姫殺人事件」を演じ切り、大きな充足感を得ている。人気作家・湊かなえ氏の話題作の映画化で、誰もが憧れる化粧品会社の美人社員・三木典子殺害の容疑をかけられた地味なOL・城野美姫に息吹を注ぎ込み、見る者を最後までスクリーンに釘付けにさせる熱演を披露。自らを「もともと地味なので、全く抵抗もなく普段通りできた」と言い切る井上に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/江藤海彦)

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井上はオファーを受けた当初、典子役を演じるのだと勘違いをしたという。「原作を読んでみたら、最初はどっちを演じるのか分かっていなかったこともあって『いやいや、無理でしょう。こんなに皆から美しい、美しいと言われるなんて』と思っていたら、そのうち美姫が出てきて『うん、私はきっとこっちだろうな』と確信しました。最初は、恥ずかしいくらいに典子役の方だと思ったんですよ(笑)」。出演を快諾したのには、中村監督の存在もある。これまでも、いつか一緒に仕事をしたいと願ってきただけに念願が成就。製作発表の際に寄せられた、「『地味でつまらない女』、この役は井上さんしかいないと言われたとき、複雑な気持ちと、なんだか不思議な喜び、そして根拠のない自信が沸いてきました」というコメントからも喜びがうかがえる。

映画では、綾野剛演じるワイドショーのディレクター・赤星雄治が、美姫の同僚、同級生、故郷の家族を取材し、その証言を放送していくなかで噂が噂を呼び、ネットやツイッターでの炎上が拍車をかけ多くの関係者を翻ろうしていく。井上は、「今回は後半までのほとんどが、人の想像上で作り上げられている役。美姫本人の気持ちの流れよりも、里沙子(蓮佛美沙子)ってどんな人なんだろう? みっちゃん(小野恵令奈)ってどういう子なんだろう? 別の人物たちを探っていって『この人たちなら、こういう想像をするだろうな』という考え方をしていきましたね」と話し、役づくりをするうえでの新たなアプローチを確立した。

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また、“地味に見せる”ことについても、「狙ってかわいくなく見せる……というのはあまりしたくなかったので、きっと本人なりに頑張っているんだろうな、というのを意識しました。格好にしても、『お店で店員さんに勧められるまま買ったんだろうな、このセットで』みたいな。衣裳合わせのときに、美姫って、こういう選択をするよねっていうすり寄せが、監督とすごく合っていたんです」と明かす。

多くの登場人物たちが、典子が殺害された夜の美姫の言動に思いをめぐらせ、勝手な妄想を膨らませていく。その中で、美姫と典子が出席した先輩社員の送別会のシーンがある。井上は、どのシチュエーションでもほとんど瞬きをしていない。数パターンの美姫を演じ分けるうえで意識したのは目線だといい、「居酒屋での送別会のシーンは皆と溶け込もうとするのではなく、それが殺人をおかそうとしているのか、そうでないのかは人がとらえることだから。あまり余計なことはしないようにして、目線で変えていけばいいのかなと思いました」と述懐する。

さらに井上が今作で最もやりがいを感じたのは、駅の階段を猛ダッシュで駆け上がる場面だ。長野県のJR茅野駅前で行われた撮影では、中村監督の演出のもと約200メートルのロータリーを大きなボストンバッグを抱えて疾走した。中村監督と好きな映画について語り合ったことがあったそうで、「私が『顔(2000)』を挙げたら、監督も『そんな感じにしようよ』とおっしゃってくださいました。あの作品で印象的だったのが、主演の藤山直美さんがばしゃばしゃと逃げていくシーン。あんな感じにできたらと思っていたんです。とにかく必死に走って、その姿がどこか滑稽に見えたらいいなあって」。

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今作には過熱報道、ネット炎上、口コミの衝撃といった、現代社会が抱える“闇”が内包されている。本編で登場する情報番組「カベミミッ!」は、映画に全面協力するTwitter Japanとともに、重要な役割を果たす。生瀬勝久扮する司会者・水谷と朝倉あき演じる女子アナ・平塚は、センセーショナルに事件を報じていく。マスコミ向けの試写会では、このシーンで度々の失笑が漏れた。

「私たちの日常にもある光景ですが、それを客観的に見せることでハッとさせられる部分はありますよね。ああいう感じに、中村監督の“毒”を感じますね(笑)」と語る井上は、「最終的には、自分だよってことだと思うんです」と今作への出演を経て改めて感じたことを口にする。

本編後半に美姫がこぼす「私は私が分からない」というセリフが、今作を象徴している。「自分で判断して、自分で決めること。いかに自分をもつかが重要ですよね。社会が悪い、時代が悪いということではなくて、それでもこの世界で生きているなかで、揺さぶられることなく自分を持てるか。私もこういうお仕事をしているから、『私は私が分からない』というセリフにはハッとさせられました。自分が発した言葉が真意でなくても、重ねていくことで本当のことのように思えてきたり、当の本人までそう思えてきてしまうという怖さがある。だから、単に『つぶやくって怖いよね』ということではなくて、自分を持つことがいかに難しいかを、現代を生きる人たちに感じてもらえたらいいですね」。

丁寧な口調で語り終えた井上の面持ちはどこまでも穏やかで、充足感すらにじませる。現在は、「きっと皆さんよりも確実に働いていないので、ニートみたいな生活です(笑)。忙しいときとの落差が激しいんですよね」と謙遜してみせる。8月には主演するNHK大河ドラマ「花燃ゆ」の撮影に入る。「来年はゆっくりする時間はないと思うので、今だけ平和な毎日を過ごしています」。しばしの充電を終えたとき、それが井上が新たなステージへと踏み出す瞬間だ。

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