東京難民 : インタビュー
中村蒼&大塚千弘、「東京難民」絶望の淵から見出した“希望”
タイトルからして重く、そして冷たい。ごく普通の大学生だった青年、真面目に働いていた看護師があっという間に全てを失い、都会の底なし沼へと転落していく。それでも、中村蒼と大塚千弘の口から「東京難民」への出演を志願した理由として発せられた言葉――それは“希望”だった。目を背けたくなるような、しかし都会の片隅に現実に存在する過酷な物語の先に2人が見つけたほのかな灯りとは?(取材・文・写真/黒豆直樹)
唯一の肉親である父の失踪をきっかけに仕送りが止まり、学費も家賃も払えずに現代東京で文字通り行く当てのない“難民”となった修。ネットカフェでの生活に危ないバイト、ホスト見習い、ついにはホームレスへと流転していく。
冒頭で触れた「希望」、そして出演の理由について、中村はこう説明する。「主人公が転落していき、状況は過酷になっていくけれど、脚本を読み終えたら、どこかで前向きになっている自分がいて、なぜか希望を感じたんです。あんなに厳しい人生なのにすごく不思議で、この不思議な気持ちを修として体験してみたいって思ったんです」。
大塚は、ホストの修にひかれ、やがて貯金を切り崩し、借金までして多額の金を貢ぐようになる看護師の茜を演じた。「茜もやっぱり転落していくんですが、どこかで芯の強さや希望を感じてひかれましたね。私自身も徳島から15歳の時に一人で上京したので、地方から東京に来て、いろんなことを考えながら日々、悶々(もんもん)と過ごす彼女の姿に共感できるところもありました」
お気楽な大学生からホームレスになるまで、劇中ではわずか半年。その間の転落にもいくつかの段階がある。困惑し現実を直視できないネットカフェ生活、華やかに見えてどんどん虚ろさを増していくホスト時代、さらに日雇い、ホームレスと中村の表情や醸し出す空気は少しずつ、確実に変化を遂げていく。「特別なことをしたわけではない。常に脚本を読み込み、自然と役に入っていった」。そう語る中村からは、デビューから数年ながらも舞台、映画、ドラマとこれまで踏んできた場数、歩んできた過程への自負が感じられる。
「ネットカフェ難民やホームレスの問題は普段、意識していないだけで身近に存在することなんですよね。だから今回、演じるにあたって少しだけ注意して周りを見渡せば、いろんなことが見えてきました。今回は、よくある分かりやすいきっかけで人が変わったように前向きになったり、考えが変わったりする役とは違って、少しずつ変わっていくのが大事だった。難しさは感じましたが、ほぼ順撮りで撮影することができたのはすごくありがたかったですね。常にその状況に向き合い、自然とそのときの修の気持ちに入れたと思います」。
大塚は大胆なラブシーンにも挑んでいるが、撮影の前の晩には佐々部清監督から「千弘、明日だけど……大丈夫だからな。大丈夫だから!」と激励(?)の電話があったとか。そんな周囲の心配をよそに、大塚本人は特別な覚悟を胸に……というわけでもなく、自然体で撮影に臨んだ。「茜にとっても必要なシーンだったので。あの電話はきっと監督自身が緊張されていたんですね(笑)」とあっけらかんと笑う。
「まあ、脱いで減るもんじゃないし(笑)。監督を信頼して全てを出しました。当日、監督がわざわざ控室にいらして『これを聴いてくれ』と吉田拓郎さんの『制服』という曲を渡してくれたんです。最初はラブシーンにこの曲? と感じたんですが、集団就職を歌っていて、茜も上京して最初は夢を持ってたけど、いつの間にかただ時間が過ぎるようになり、そんな中で修と出会って……という情景が浮かんできましたね」。
東京で寂しさを抱えて交錯し、互いを求め合い、堕ちていく修と茜。2人の関係が徐々に変化していくさまも見どころだが、特に印象深いのがラスト近く、変わり果てた2人が再び顔を合わせるシーン。7分ほどの長いシーンだが、2台のカメラによる長回しで一気に撮影された。中村は「いつも以上に緊張感のあるシーンだった」と振り返る。
「監督もすごく大切にされていたシーンなんです。クランクイン前に何度もリハーサルしたのもこのシーンでした。16ミリのフィルムをほぼ丸々使うので『無駄にできない』という、考えなくていいことまで頭をよぎったりして……(苦笑)。ただ、このシーンに限らず、2人のシーンは大塚さんに引っ張っていただいたなと思います。『ああ、大塚さんでよかった!』というひと言に尽きます(笑)」。
大塚は照れくさそうにかぶりを振り、彼女にとっては最後のシーンとなったこの再会の場面、そして中村との共演に思いをめぐらせる。「振り返って思うのは、蒼くんが発するセリフをその場で感じて言葉を返すというキャッチボールの繰り返し、ただそれだけだったなということ。蒼くんのお芝居、言葉が修にしか見えなくて、茜として気持ちが自然と動かされたし、演じながら本当に感動していました。思わず『どうしてそんな風にできるの?』って聞いちゃったんですが、蒼くんは『脚本を読みました。それだけです』って(笑)」。
最後に、地方から上京し俳優として文字通り、身一つで生計を立てる2人にとって「東京」とはどういう場所かを尋ねた。中村は高校生の時に福岡の親元を離れ上京した。「最初は博多弁が抜けずに突っ込まれたのがつらかったです(苦笑)。もう6年ほどになりますが、僕にとっては東京が第2のホームグラウンドと言える場所になったかなと思います」。
中村の言葉に同調し、大塚は続ける。「最初の頃、こんなに人であふれているのに、渋谷をひとりで歩いていると心が空っぽになるような気がしましたね。みんな、何を考えてるんだろう? こんなに人がいて、寂しい人も嬉しい人もいて、ここに自分が立っているのが不思議で……。東京はチャンスや希望があふれているけど、転落も共存してるんだなって思います。その差が激しいから踏んばらなきゃいけない場所。だからこそ、帰る場所があるって幸せだし、頑張ろうって思えます」。