「自分の為すべきことを見つけた男・家族の物語」蜩ノ記 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
自分の為すべきことを見つけた男・家族の物語
涙が止まらなかった。
丁寧に作り込まれた、骨太の作品だと思う。役所さん、原田さん、堀北さん、岡田さん皆素晴らしかった。その中でも個人的には郁太郎と源吉が初々しく子どもらしく一番良い味出していた。岡田さんの殺陣が見事だった。
試写会後お見送りに立って下さった監督に「すばらしい映画をありがとうございました」と本気でお礼を言った。
だのに、時間が経って複雑な思い・しこりがゴリゴリと…。
秋谷は自死するわけではない、命を粗末にしているわけではないけれど、死を拝命することを受け入れている姿が、死を賛美しているような気がしてきて…しこりがゴリゴリ…。
命って何だろう。そんなことを考える。
『明日への遺言』の監督の作品。
『明日への遺言』も、死刑を覚悟で部下の罪を一身に背負いつつ、敵方がくれた助命のチャンスを蹴飛ばしてでも自分の信義を貫いた男を描いた映画。
この映画の主人公・秋谷と似ている。
自分の命をかけてでも、家族の悲しみ・苦しみまでに目をつぶってまでも、貫きたかったのは…?。自分の美学・生きざま。家族と共に生きる時間よりも、武士としての己を極める方が大事?理不尽な命令だけど、いずれ歴史がわかってくれるよ。その時恥をかかない生き方をしようと。
『明日への遺言』が法廷の中での論戦で、死をも辞さないが、主義を認めてもらって公平な裁判が行われて無罪を勝ち取ろうという可能性ゼロの賭けを仕掛けている主人公・岡田中将を描いているのに対して、
この映画では、秋谷や織江の葛藤はほとんど描かれない。娘・息子・庄三郎他が多少葛藤、行動するが、基本受け入れて耐え忍ぶ。
「一日、一日大切に生き、為すべきことを為す」
秋谷のような状況はなかなかないが、命の限りは誰にもやってくる。
黒澤監督の『生きる』のような余命宣告。もっと突然やってくる事故・災害etc。そういう意味では我々の命は有限ではないのだ。
そんな中で日々をどう生きるのかが大切なんだというメッセージを頂いたような気がする。
けれど、あまりにも美しくまとまっていすぎて、命を絶つのを承認しているようにも見える。
あまりにも死を受け入れる姿を美しく描きすぎていて、この映画を受け入れていいものか、心が乱れる。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」ということか。
原作未読。「これまでにない完成度」と浅田次郎氏に評された直木賞受賞作。
だが、映画では、藩の情勢、主君を巡る陰謀?、如何にして秋谷が嵌められたか等のサスペンス系のネタは、ちらっと見せるだけでほとんど割愛、物語としての盛り上がりはない。
ひたすら、風景の美しさを織り交ぜながら、家族の有様を淡々と描いていく。というか印象がそれしか残らない。
黒澤監督の後継者のように語られる小泉監督。
黒澤監督の映画をすべて見たわけではないが、黒澤監督の映画にはもっと、人生・社会のダイナミズムが溢れている。人としての素晴らしさだけでなく、浅ましさ・欲・悲哀・滑稽さが溢れており、そこに強烈に魅了される。
小泉監督の映画をすべて見たわけではないが、人の・社会のきれいな上澄みだけをすくって映画に映し出しているような。現代のお伽噺を綴っているような。だからか、素晴らしい映画だと思いつつも、後、一味足りないもどかしさが残る。
『明日への遺言』ではわずかな時間の中で決着がついてしまうが、この映画の秋谷と織江は10年の時があった。その中で、最期のお二人のシーンにたどり着いたのだろう。
お互いのいたわり合い。確かな家族の結びつき、信頼。そんな印象のみが、風景の美しさ、所作の美しさとともに、心に沁みわたり、温かさと、それゆえの切なさが拡がっていく。
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≪蛇足≫
直訴計画、源吉が拷問死してから家老の元への殴り込みは、1つの見せ場だと思うのだが、凄味がない。緊張感がない。所作は綺麗なんだけど、職員室での教員と生徒の喧嘩、居酒屋の喧嘩のよう。
”愛”を中心テーマに据えたこの映画では役所さんが適役なんだろうけど、藤田まことさんか仲代達矢さん、山崎努さんの秋谷が観たかったです。無理だけど(T.T)。