「重力が真逆に働く関係でも、愛があれば結びつくことができかもしれないと納得させられる映像でした。」アップサイドダウン 重力の恋人 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
重力が真逆に働く関係でも、愛があれば結びつくことができかもしれないと納得させられる映像でした。
これはSFとラブロマンスが合体した、素敵な愛の物語でした。二つの相反する世界に暮らすもの同志の恋愛は、形を変えた「ロミオとジュリエット」のようです。
近接した双子の惑星間で起こる特殊な状況という設定がアイディア賞ものです。その世界では、後で述べる特殊な状況が生む3つの法則と重力によって線引きされた2つの世界の格差を維持する政治的な制度によって、双方の星に暮らす男女は、決して出会ってはいけないタブーが作られていたのでした。
けれども絶妙な偶然で知り合ってしまった主人公のふたりは、数々の障害を乗り越えて愛を貫いていくのです。それは単なる甘いラブストーリーの領域を超えて、重力も、貧富の格差も、政治的な圧力も乗り越えていく愛の力強さ、愛の普遍性を感じさせてくれるものでした。そして運命を切り開き人生を勝ち取る勇気を与えてくれるドラマだったのです。
本作のリアルティを支えているのは、上と下の世界で真逆に働く重力の描き方。特に凄いのは、中間地帯の描き方。序盤で主人公のアダムとエデンが、ロープをつたって抱き合うシーンは、慣れるまで少し意識が混乱するほど絶妙。
中盤から、アダムは自由に上下の世界を行き来するところも精緻で見どころでしょう。その境界で重力が逆に働き出す転換の描き方が傑作なのです。たぶん“かつて見たことがない映画”は数あれども、本作の重力表現は、初体験の感覚となること請け合いです。空に大都会が逆にある造形ぶり、二つの世界が重なるオフィスで天井にも地面側にもシメントリーに事務机が並び、スタッフが働いているという上下逆カットは、圧倒的なリアルティーを見せてくれました。
けれども、ふたりの愛を成就させるためには、この世界の3つの物理法則を乗り越える必要がありました。
「二重引力」の法則の第一は、あらゆる物質はそれが生まれた世界の引力に引き付けられること。
法則の第二は、反対の世界から来た物質は「逆物質」となること。
法則の第三は、「逆物質」に数時間触れると燃焼を起こしてしまうのです。つまり、「逆物質」の関係になるアダムとエデンは、ずっと抱き合っていると燃え尽きてしまう物理関係にあったのです。
加えてふたりには、出会ってはならない社会の掟がありました。アダムが暮らす「下の世界」は貧困層を閉じ込めた植民星。それに対して、エデンが暮らす「上の世界」は富裕層が暮らす支配星。「上の世界」は経済を維持するため、「下の世界」の燃料を不当に低賃金で搾取していたのでした。その支配関係を維持するために、両世界の交流は法で厳しく禁じられて、犯すものは問答無用で銃殺されてしまうのです。
21世紀の諸問題を凝縮したような搾取と貧困の構図は、『エリジウム』と酷似していますが、そこに「二重引力」の法則がのしかかることで、二つの世界の交流は、絶対にあり得ない状況を生み出していたのでした。
さらにふたりの愛を阻むこととして、エデンが記憶喪失になり、アダムとの出会いを忘れてしまうことです。
幼い頃に高い山に登ったアダムは、上の世界で暮らすアダムと逆向きに知り合い、掟を破って愛をはぐくんでいたのです。しかし、上の世界からの摘発に遭い、逃げようとした エデンは下の世界から「墜落」。頭を打つ大ケガを負い、記憶喪失となってしまうのです。一方アダムは、上の世界の人間と交流した罪で逮捕され、家まで焼き払われてしまいます。そしてエデンが大ケガで死んだと思って、自暴自棄に暮らすのでした。けれども愛の力が結ぶ運命の糸は、これで途切れることはなかったのです。
数年後に、エデンが生きていた事実を知ったアダムは、二つの世界を唯一つなぐ「トランスワールド」へ入社します。その会社にはエデンが勤務していて、アダムは危険を承知で、上の世界に潜入して、エデンとの再会を試みるのでした。けれどもめでたく再会したとしてもエデンは記憶喪失になっています。果たしてアダムはエデンの記憶を、蘇えらせることができるのでしょうか。
ふたりがデートするシーンは、いつバレるのか、ハラハラドキドキです。何しろアダムには「二重引力」の法則が働き、会っているだけで、靴が燃え始めるなど難題がのしかかるのですから。
傑作なのは、アダムが上の世界でトイレに駆け込むと、おしっこが重力の法則で下の世界に向かって上に引き付けられてしまうシーンです。重力は、絶対にごまかせないのでした。
しかし、アダムの愛は、そんな重力も乗り越えていく方法を発明してしまいます。その方法もなかなかグッドアイデア。キーアイテムはピンクの蜂蜜。二つの世界を行き交う蜜蜂がもたらすこの蜂蜜が、ふたりを結びつけて、やがて二つの世界を変えてしまうキーアイテムとなるのです。
その結末から感じるのは、水と油のように矛楯する関係も、両者を融合する第三の道があるということです。仏教でいうと“中道”にあたります。たとえ重力が真逆に働く関係でも、愛があれば結びつくことができるというメッセージは、民族や宗教の違いに揺れる現代社会に、そんな違いを乗り越えて人類は愛し合うことができるのだと、暗に問いかけているのかもしれません。
映像面でも、上下世界の色彩設定を変えて、情感を出しているところが巧みです。暗く薄紫な下の世界の配色は、貧困を象徴し、彩度が高めで明るめな上の世界の色彩は、希望と繁栄を強くイメージさせてくれました。