「文学的なトーン」言の葉の庭 JIさんの映画レビュー(感想・評価)
文学的なトーン
社会的な課題に悩む男女が関りあいながら、同時に自身と向き合い、成長しようとする話。
靴デザイナーという困難な将来を志す、ややしっかり者の高校生が男主人公。自分の夢の実現に自信を持てないまま、靴の勉強を続けており、家庭事情や学校生活といった、自分を拘束し努力を妨げるものにやや嫌気がさしている。
一方、女主人公は後に明らかになる通り、いじめにあって仕事に行けないでいる教師。両者は、雨の日の公園で会ううちに惹かれあう。
二人はその交わりの中で次第に自己を自覚し、それぞれの道を歩んでいく決意をする。
全体に、文学的なトーンが漂っている。短歌を詠うシーンがあるからというだけでなく、全体の演出のアイデアが文学的に発想されているように思えた。つまり、色彩や構図よりも映り込んだモチーフの持つ文化的意味や言語的に連想される意味が、豊かな情報を持っているような表現に見えた。
時間、季節の進行とストーリーが密にリンクしており、とりわけ各季節の雨の違いを物語の変化と合わせて取り入れているあたりが分かり易い。ほかにも、植物や鳥などといったモチーフに季節の変化を、公園という場所は現実と隔離された空間として機能する等、様々に意味を込めている。
言葉を使ったストーリーの見せ方も絵と同等に大きい。二人の主人公の違いや共通点をナレーションの文の構造で上手く対比を作って見せたり、その他様々な言葉の関連性などで、二人の心境やストーリーの変化を引き立てていく。
二人の人物に焦点を当てるため、対比を意識した脚本や構図が目立つ。男主人公の靴好きは、靴を介した演出に結び付く。特に、仕事に行けない女の状況を、「歩けなくなった」と表現するのは顕著で、靴を作れるようになろうとする男が、彼女に変化をもたらすものであることが仄めかされる。
一方で男からみると女は最初、憧れの大人社会からの使者で、謎めいているが魅力的なものとして映る。大人社会の謎めきは異性の謎めきともリンクしており、女の足を採寸するシーンは、自分の理想の職業への接近であるとともに、異性への接近であり、二人の関係が同時に変化する象徴的なシーンである。(実際にはそのワンシーンのみでの急激な変化はないが。)このシーンはこの映画の一つの見せ場であり、手と足、それに伴う二人の姿勢や位置関係等で味わいを出しながら、繊細に、また官能的にも見えるように描かれている。
二人にとって互いの関係が近づくことは、それぞれにとっての課題解決へと向かうことであり、課題から逃げた結果行きついた場所の雨の公園は、俗世から離れ自分と向き合うヒーリングの空間であって、各自の課題解決のために必要な逃避だったのだと分かる。
絵の魅力としては、幻想的な色彩の描写ももちろんいいが、かえって現実にある物を見せられた時にちょっと驚く。実際にある場所を使っていたり、広告、主人公を迷惑そうに見る通勤途中のおじさん、工事中のエレベーター、授業後の黒板など、既視感のあるものがこの画風の世界に現れる事で、あれっと目を引く。
この作品においては、周辺環境の全ては、二人の男女の関係の変化を強調・説明する舞台装置であり、重心は常に人物に置かれている。