「真犯人直ぐに当てたら、貴方は探偵事務所開業出来ます!」探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点 Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)
真犯人直ぐに当てたら、貴方は探偵事務所開業出来ます!
前作に比べると、今回は2時間スペシャル特番みたいな、感じがする映画でした!
2作目なので、つい期待した私に問題が有ったのかもしれない。しかし前作に比べると面白さは、半減していた。
ハリウッド映画でも、邦画であってもヒット作品の続編を作る事は非常に難しいものだ。面白い作品であると観客が気に入った事で、集客動員数が良くなり、ヒットするから、続編が出来るのだが、それだからこそ、続編は、初めからハードルが3倍4倍と、1作目より高い所から始まる分、1作目を越える作品を完成させる事はひたすら神業に近くなる。
そんなハードルが高くなり、その観客の期待に答えようとする関係者の熱意の想いの表れが、いきなり、あのジャンプ台のシーンからのスタートと言う事なのか?
スケールアップさせる事で面白さはアップすると考えるのは、普通の事だろう。
しかし、面白さは、キャラクターの魅力を前回より魅せる事だと私は思う。
映画なので、スケールアップの部分で、仕掛けと言う画的な満足度を上げる事も大切だが、それ以上に、前回で、キャラクターの面白さをお披露目したのだから、2作目は、そこで描ききれなかったキャラクターの内面を更に突っ込んで描いて見せないと面白さの裏付けが無くて、単なる、ドタバタ喜劇になるだけだ。
大泉洋が主役なのだから、ドタバタの喜劇で、内容や、映画のテーマは考えずに、只楽しめる作品を制作する事こそが狙いになるのだろうか?
確かにジャンプ台、役者もスタッフも苦労し、あれは大きな売りの1つだろう。そして路面電車のシーンや、後半の店での乱闘シーンも映画の売りなのだろう。
だが残念な事にそれらが、ことごとく総て裏目に出た感じだった。
店での乱闘シーンは、前半で出たので、2度目は長すぎて飽きてしまった。続編ともなれば、制作費もアップするので、そのアップした分ハデに壊せば制作費の消費は出来るのだが、その分観客には、食傷気味になるだけだ。
そして作品のテーマよりも、映像的に魅せる面白さを追求する事が、この映画の魅力であっても、時代を反映させ、観客へ訴えるものが無くては成らないのが映画だと思うのだ。
それがもしも、今の世相問題としての、脱原発・反核だと言うのなら、それを軸に話を描いていかなくては可笑な話になる。
311大震災後は、震災絡みの映画が多数制作されているけれども、それらの作品の殆んどが、取って付けたような震災話が多い。それなら、震災絡みの問題を入れない方が良い。
そして何より、この映画に失望した原因は、真犯人の動機が余りにも下らないもので有り、映画のそれまでの本質から外れていた事だ。ハードボイルドの探偵映画は、観客の犯人予想の裏をかく、最後のドンでん返しが面白さの決め手でも、犯人が単なる個人的な差別主義者で、しかも逆恨みの事件では論外だ。
この作品のテーマは、どんな人間にも見えない裏と、見える表の2面性が有る事を伝えたいのか?マサコの隠された善意と、政治家の裏表の2面性。そして更にこの2人が知り合いだったと言う裏表の関係? そして犯人の裏表の人間性?
決して犯人が語るような、逆恨みで人は殺されても良い人間など存在しないと言う事が隠されたテーマなのか?
勿論1作目の様に、歴然とした仇と言う復讐でも殺人は許されないのだから、ましてや被害者の様に、人間は表の見た目の部分とは違い、知らない所で人は善意の施しをしている事も有り、人は正に、見かけに因らないと言う事を伝える事がもしも真意なら、もっと違ったアプローチで描いて欲しかった。この真意が活かされていなくては、意味が無く残念。それとも、マサコを無残に殺害する事を描く事で、誰一人として殺されて良い人間など存在しないと伝えた上で、更に誰も原発で殺害されて良い人など存在しないと言う事なのか?この世に無駄な人間が存在しないと言いたいのだろうか?
ならば、もっと解り易く描かなければ、やはり失敗作と言うしかない。
とても残念な作品だ。次回は期待せずに、待つ事にしよう!でも3作目は出来るのだろうか?