インポッシブル : 映画評論・批評
2013年6月4日更新
2013年6月14日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
大災害という極限の恐怖におののく人間への深い眼差し
2004年のスマトラ沖地震で被災しながらも生還を果たした家族の実話の映画化である。つまり大災害に巻き込まれた一家が最終的に“生き残る”という結末はあらかじめ決まりきっているのだが、そこに至るまでの波乱に満ちた道筋から一瞬たりとも目が離せない。序盤の凄まじい大津波の襲来シーンを始め、ひとつひとつの描写の強度が尋常ならざるレベルなのだ。
2度の大津波をからくも生き延びた母親(ナオミ・ワッツ)とその息子は、あたり一面沼地と化した荒野をさまよう。もう津波は去った、という安堵感はどこにもない。木によじ登ることさえままならず、悲鳴を上げる母親の傷ついた肉体。スクリーンからダイレクトに伝わってくる痛覚の生々しさに身震いを禁じえない。離ればなれになった一家は、病院や避難所に身を寄せてもなお死と喪失の不安にまとわりつかれる。画面に映るあらゆる人々が極限の恐怖におののいている。見知らぬ被災者同士がお互いをいたわり助け合うエピソードにも切実な感情がみなぎり、胸を締めつけられずにいられない。
さらに驚かされるのは、この映画の根底に祈りにも似た慈しみの情が流れていることだ。「目をつぶって、楽しいことを考えなさい」。劇中まったく別の場所で、異なる人物の口から3度発せられるこのセリフは、恐怖を克服するための魔法のような合言葉だ。人間という生き物のポジティブな想像力への信頼。リアリズムを超越した、作り手の深く大きな視点がそこにある。
(高橋諭治)