劇場公開日 2013年1月26日

「タビアーニ兄弟は映画の新たな価値を創造してくれた!」塀の中のジュリアス・シーザー グランマムさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5タビアーニ兄弟は映画の新たな価値を創造してくれた!

2013年1月26日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

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知的

こんにちは。

グランマムの試写室情報です。

『塀の中のジュリアス・シーザー』

シェイクスピアの原作を、イタリアの巨匠タビアーニ兄弟が監督しました。

30年以上前、『父/パードレ・パドローネ』を観た時の衝撃は今でも忘れられません!

以降、『カオス・シチリア物語』、『グッドモーニング・バビロン』などなど、タビアーニ兄弟の作品には、“映画を観る喜び”を存分に味併せてくれる芳醇なイタリア映画の薫りがありました☆

今回の『塀の中の~』は、『パードレ~』を観た時と同様に、或いはそれを超えた、映画の可能性を“発見”させてくれる傑作です。

何しろ、本物の囚人たちが刑務所の中で、シェイクスピア劇を演じるのです。日本では考えられないことですよね?!

さすがルネッサンスの国、文化が自然に根付いている背景、そして罪を負った人びとへの許容度…、精神科病院をなくし、患者を社会生活に溶け込ませる開放性…。

タビアーニ兄弟の独創性に満ちた創造力は、イタリアのこうした社会的背景と無縁とは思えないのです。

本作のカメラは、刑務所長が、囚人たちに新年度の演劇実習を伝え、オーディションの場面もつぶさに映し出します。

つまり、ドキュメンタリーであることは確かなのですが、あまりに安定したカメラ構成、自然に流れるような編集、カット割りが続くため、まるで設えたセットでのドラマをみているかのごとく、不思議な感覚に襲われます。

タビアーニ兄弟は、刑務所の中をどこでも自由に撮影することを許されていたそうです。撮影中の4週間は、実際に刑務所の中で寝起きしました。

撮影に入る数ヶ月前から、刑務所に通っていたタビアーニ兄弟は、囚人たちそれぞれが、出身地の方言に置き換えて、脚本の読み合わせをしているところに出くわしたそうです。

ナポリ、シチリア方言とローマの言葉の違いなどは、私たち日本人にはわかりません。おそらく標準語で書かれた時代劇の台本を、大阪弁、東北弁に勝手に置き換えて、台詞をしゃべっているようなものでしょう。

俳優が役と言語を共有する事で、より深い関係性を導き出す点に気付いたタビアーニ兄弟。本当に囚人たちの自主性を重んじたのですね。

また、監督は囚人たちに、プライバシーへの配慮から、仮名にしてもよいと伝えたところ、驚いたことに、全員が本名、両親の名前から出身地まで明かしても構わない、と答えたそうです。

囚人たちとしては、塀の外にいる人びとへ、自分たちの生活ぶりを伝えたい、という気持ちからだったとのこと。

過剰に匿名性を意識する、どこかの国のメディアを思い出し、イタリア人の開放性、自由さにため息が出てしまいます。

ところで、面白いのはオーディション風景。自分の名前を、最初は悲しみをこめて、次には怒りを表現して言ってみせるという手法なのです。

さすがに、前科数犯、刑期を重ねた方々(^^;)、殺人罪により、終身刑を言い渡されたお方たちもおり、面構えが違う!(笑)

目の前にいたら、怯んでしまうほど迫力のある囚人たちが怒ったり、叫んだりする様をみていると、囚人たちも何かを表現したがっていることが分かり、胸に迫ります。

上手くしたもので、オーディションの結果、シーザーには最も図体がデカく、態度も尊大そうな囚人(麻薬売買で刑期17年)が選ばれます。

謀反を扇るキャシアスには、殺人罪により、終身刑囚として服役中の、如何にも悪巧みを考えそうな(^^;)囚人が。
シーザーの甥オクタヴィアスは、若く血気盛んな青年。

そして、最も難役のブルータスには、幼少期から少年拘置所で過ごし、14年余りの服役中、演劇実習により、演技に目覚めて、出所後は俳優に転向した元受刑者。

ブルータス役を引き受けるために、自身も以前に収監されていたローマ近郊の刑務所に戻ったという、曰く付きの人です。

不思議なことに、反マフィア法により、終身刑で服役中のホンモノのマフィアは、なぜか童顔でウブな雰囲気(?_?;終身刑だから、よほどの悪事を重ねたはずなのに、ホンモノほど“それらしく”見えないものなのか?

などと、色々と考えを巡らせてしまう本作ですが、面白くなるのは更にこれから!

刑務所内の劇場が改修工事中のため、配役された囚人たちは、掃除をしながら、すれ違いざまに(ちょっとコワい(^^;)、休憩室で、役になりきり、練習を重ねていきます。

役の序列のように塊になり、行動する囚人たち。まるで所内が、ローマ帝国と化したかのような、緊張感と一体感が同化した不思議な空気に包まれます。

現実と虚構の世界の垣根を超えるというのは、こういう状態を言うのでしょうか。囚人たちのひりつくような神経、真剣そのものの汗が、びんびんと観客へ伝わって来ます。

一般客を所内へ迎え入れての公演当日。ラストには、魂を揺さぶるほどの感動が待っていました。

自分は何を観たのか?現実なのか?芝居だったのか?まるで夢をみていたかのような表現しにくい感情に襲われます。

どのような感情か、まずご覧になって、ご自身で確かめることをお薦めします。映画の神さまが奇跡を起こしたとしか思えない作品です。

来年1月26日から、銀座テアトルシネマで公開されます。

グランマム