シュガーマン 奇跡に愛された男のレビュー・感想・評価
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デトロイトの場末で歌っていた男がたった2枚のスタジオアルバムを残し...
デトロイトの場末で歌っていた男がたった2枚のスタジオアルバムを残して姿を消した。ほとんど売れることなく音楽史から消え去った全く無名のアーティストの歌がどういう経緯か海を渡ってアパルトヘイトの抗議で流血が絶え間ないケープタウンでプロテストソングとして崇められ、人種解放の神話を作り上げていく、というよく出来たフィクションにしか思えない話が紛れもない事実だということにただただ驚くドキュメンタリー。
何十万人の人生を変えた歌が確かにあり、人生を変えられた人達が起こした行動が世界を変える。奇跡は一方的に人を選び、ドラマを紡ぐ。選ばれし人の歌声は本当に美しいことを捉えたこの映画自身がまた人生を変えていく。できればサントラもじっくり聴いて欲しいじんわり胸に沁みる圧倒的な作品です。
豊かさと幸せの物差し
かつてこれ程数奇な運命を辿ったミュージシャンがいただろうか?
一枚のレコード(CD)がヒットするためには、音楽性の豊かさ、クオリティの高さだけでは十分とは言えない。
運とタイミングといった偶然に左右される要素まで味方につけなければならないし、時代にも愛されなければならない。
そう考えると、ひとりのミュージシャンあるいはひとつのバンドが世に出てスターになることこそ、奇跡なのかもしれない。
1970年代、あるプロデューサーに才能を見出されたロドリゲスが制作した一枚のアルバムがまったく売れなかったというのはありふれた話なのだ。
ロドリゲスの物語が非凡だったのは、そのアルバムがどういう経緯か海を渡り南アフリカで大ヒットを記録したということ。
アルバムのプロデューサーや本人さえまったく知らないところで。
当然、ロドリゲス本人に印税など入るはずもなく何も知らない彼は地元デトロイトで自動車工場や建築現場で働き生計を立てていた。
90年代に入り、二枚目のレコードがCD化されたことをきっかけに彼の消息が調査されることになるが、南アフリカではステージ上で拳銃自殺をしたという死亡説がまことしやかに伝えられ信じられていたのだ。
消息がつきとめられ南アフリカに凱旋したロドリゲスの第一声がいい。
「生きてたよ!」
インタビューを受ける彼は降って湧いたような成功を実に淡々と受け止めているよう見え、その姿は何やら仙人のようだ。
彼にとってはアルバムを作れたことが既に幸せで、そのアルバムがまったく売れなかったことは失敗でも挫折でもないのだろう、きっと。
幸せや豊かさの物差しが金やモノではない人の清々しい姿に深く心を動かされたし、
全編を彩る彼の楽曲もまた今も色褪せない素晴らしいものだった。
素晴らしかった
仕事仲間がロドリゲスを語る時の嬉しそうな顔が、素晴らしくて、ロドリゲスの人柄がとてもよく伝わった。レコードが売れて、その後も何枚もアルバムを発表して欲しかったという希望はあるが、成功の代償でどうなっていたか分からない。情報が断絶されやすい時代背景もあり、もし現在なら簡単にウィキペディアで簡単に情報が得られて、このような奇跡が起こることもなく、普通に有名歌手となっていたことだろう。
特によかったのは、肉体労働の現場にスーツで行くというエピソードや、仕事を神聖なもののように真摯に取り組んでいたというエピソードで、子供を美術館に連れて行った話もとてもよかった。
ロドリゲスのような素晴らしい才能がありながら埋没してしまったのは、不運もあるだろうが、ジャケットのセンスが悪すぎるのが大きいと思う。芸名もロドリゲスではなくシュガーマンにすればよかった。
おそらく南アフリカでのライブはホームビデオの映像ではないだろうか。欲を言えばきちんとしたカメラや録音機器で記録していたものがみたかった。そして、チラシか何かですでにロドリゲスが実在しているというのを知ってしまっていた。知らずに見たかった。
帰宅して早速itunesでサントラを買った。やっぱり素晴らしい。
知られざる伝説のミュージシャン
ロドリゲスというミュージシャンを知っているだろうか。おそらくこの映画のことを見るまでは誰も知らないはずだ。だが「シュガーマン」を見た後なら、彼のことを忘れることはない。
このドキュメンタリーが異質なのは、多くのインタビューが個人の感情から語られている点だ。誰もロドリゲスの行方を知らず、生死すらも分かっていない。それなのに全員が口をそろえてこう言うのだ。「ロドリゲスほど素晴らしいミュージシャンはいない」
前半でロドリゲス自身が姿を見せることはないのに、彼へ興味を抱かずにはいられない。関係者の証言から彼の人物像を少しずつ特定していき、「どれほど素晴らしいのか」と期待させる手法は見事だ。それに観客もこの“捜索”に参加する形となり、真実に迫っていく過程はさながらミステリーものの様でもある(サセックスの元社長との会話シーンにはハラハラさせられる)。
そしてこの姿を現さない彼の影響力の強さも思い知ることとなる。南アフリカを動かすきっかけになった人物だ。自分の映画を見ている人間に何もしないはずがない。この時点で観客はロドリゲスの魅力にすっかり魅了されているのだ(しつこいようだが、彼は登場していない)。
そして物語の中盤、彼はついに登場!!…するのだが、変な格好をしたおじさんである。しかし彼が普通の人間とはまったく異なる人物であることは一目見て分かる。口では説明できないが、「オーラが違う」のだ。肉体労働に従事していながら、どこか知的で洗練された雰囲気がある。そして何より、今でも音楽の才能は衰えていない。
南アフリカのファンたちは彼のことを語りだすと止まらなくなるが、その気持ちも分かる気がする。これほどの才能を有していながら、本国ではまったく脚光を浴びず、反対に異国では大ヒット。だがその存在は不明だった人物など歴史上にもそういないだろう。
こうやって文面にしても「シュガーマン」の魅力は伝わり切らない。スリリングな構成、敬意のこもった語り口、そしてロドリゲスの存在感は実際目にしないと分からない。そんな映画に、一度聞いたら忘れられない曲が合わさったら?最高なのに決まっている。
(13年4月1日鑑賞)
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