藁の楯 わらのたて : インタビュー
大沢たかお&松嶋菜々子、あうんの呼吸で絶妙な距離感を体現した「藁の楯」
三池監督は、ジャンルという枠を軽々と飛び越える。第66回カンヌ映画祭のコンペティション部門に選出された最新作「藁の楯 わらのたて」も、日本映画という概念にとらわれないスケール感と怒とうの展開で畳み掛けてくる。あえて分類すれば、“ロード・サスペンス”といったところか。その新たな三池ワールドの中心を担ったのが、大沢たかおと松嶋菜々子。移動に次ぐ移動となった昨夏の撮影が過酷だったことは想像に難くないが、2人の充足感に満ちた表情からは、確たる自信が伝わってきた。(取材・文/鈴木元、写真/本城典子)
大沢と松嶋は約6年ぶりの共演となる。それ以前も何度も現場で顔を合わせており、役者としての付き合いは10年以上になるが、その都度、感覚は新たなものになるという。
大沢「何度やるにしても新しい役になるので、その年齢なりの表現や存在があるし、今なら今の、前にはない存在になっている。そういう意味では新鮮な気持ちでやらせてもらっています。ただ、作品や役に臨む姿勢、役に真摯に向き合うことが昔から変わらない人なので、すごく安心して信頼して同志として作品づくりができています」
松嶋「初めてお会いしたのは15年くらい前のドラマでしたね。海外ロケでシーンも少なく、その時が一番緊張していましたが、それからどれだけ年月がたっても、同じ役者として一定の距離感でそれぞれ歩んできて、作品の中でまた出会えるので常に新鮮です」
「藁の楯」で2人が演じるのは、警視庁で要人警護を担当するSP、銘苅一基と白岩篤子。だが、課せられた任務は連続殺人犯・清丸国秀(藤原竜也)の福岡県警から警視庁までの移送。清丸は、孫を惨殺された財界の大物・蜷川興(山﨑努)によって10億円の懸賞金をかけられたため、金目当てに理性を失った全国民を敵に回すことになる。一切の感情を排し、対象をまさに盾となって守らなければならない。
大沢「原作や台本を読んだ時にも思ったけれど、個人的な感情がとても難しい役だなと。感情を見せないで進めなければいけない割には主人公なので。いるようでいない存在というか、人間ではなく盾であるのに俳優として出ているのは矛盾する感じがなんとなくあるんですよ。でも、戸惑うと同時にあまりそういう機会がないので、強烈に面白かったりもしますよね」
困難なものほど挑んでみたくなるという役者の生理か。松嶋も同様で、しかも後に子どもがいるという設定が加わったことで、より興味をひかれたようだ。
松嶋「SPという、私のイメージからだいぶかけ離れた役で声をかけていただいたので、楽しんで挑戦したいと思いました。白岩役が私に決まってから三池監督がシングルマザーの設定に変えてくださったのですが、SPとして無表情ながらも、心の根底では深いものがかもし出されてくるので、設定を変えていただいて良かったと感じています」
2人をさらに高揚させたのが、三池監督の存在だろう。日本が誇る異能との初邂逅(かいこう)。かなりの期待を持って臨んだことをうかがわせる。
大沢「圧倒的な個性のある監督だし、あれだけの経験と引き出しのある人と自分がやったらどうなるかというのは、すごく楽しみだった。例えば今までの三池さんの作品で自分が組んだら同じにはならないだろうけれど、どんな形になるのかは分からない。そういうワクワク感がありました」
松嶋「男っぽい映画をたくさん撮っていらっしゃるので、その中に交じっていけるのが逆に楽しみでした。私自身、SPという役を通して男になろうと思っていたので、そこはまな板の上の鯉(こい)の気持ちで、もういかようにでもという…」
覚悟を決めた主演に対しては、三池監督も多くは語らない。大沢とは「スーパーヒーローというよりも、等身大の実際にいるSPの世界観がいい」という見解で一致し、松嶋には初対面で作品のイメージを伝え、「やってくれるから、僕は何も心配していません」と全幅の信頼を寄せたという。
銘苅と白岩は共に職務には忠実で感情を表には出さないが、守る対象である清丸=10億円という存在に心を揺さぶられていく。2人は撮影中、内容に関しての話はしなかったそうだが、長年の経験で培ってきたあうんの呼吸で絶妙な距離感を保っている。
大沢「現場は緊迫感がありましたよ。救急車の中、電車の中など、そういう時は独特の緊張感というか、ものすごくクリエイティブな空気が流れていた。監督もいつも気を使って全体に笑いを誘うというか、リハーサルをしながら冗談を言ってくれて本番までの気持ちをうまくコントロールしてくれたので、本当に居心地が良かったですね」
だが、撮影は昨年8~9月の猛暑。福岡から東京を目指すストーリー同様、ロケ地も多岐にわたり、新幹線のシーンは台湾高速鉄道を使って8日間、集中的に行われた。アクションやカーチェイスなど体力勝負のシーンも多く、相当過酷だったのではないか。
松嶋「クランクイン前に覚悟を決めて、半年くらいかけて体力づくりをしていたので、意外と大丈夫でした。ロケは暑いので水分と塩分を取ることに気をつけていたくらい。台湾が一番ハードなスケジュールでしたが、寝なくても大丈夫だったのには自分でもビックリでした。起きた瞬間から目がらんらんとしてアドレナリンが出ているかのようで。現場での緊張感は続いていたのですが、それは変に体力を奪われるものではなく、次の原動力になるような感じだったので体はそんなに痛まなかったです」
一方の大沢は、やはり暑さはこたえたようだが、そのおかげで!? 現場に一体感が生まれたと強調する。
大沢「暑さは思ったよりしんどかったですね。密室が多かったので、護送車にしても中が快適なわけではないし異常に暑いんですよ。でもそれで仲間意識ができるというか、皆、目的は違うけれど何かに対して戦っている感じになったのは作品にとって良かった。仲がいい悪いではない、皆がプロとしてやる以上のサムシングが生まれていたような感じが毎日していました」
それにしても、やはり女性は強しを印象付ける対照的なコメントだ。これには一過言持つ。
大沢「女性が強いのか、この人が強いのか、それはちょっと分からないですけれど(笑)。やっぱり普通の人ではないですからね。普通の人だと、松嶋菜々子をやっていけないですから」
松嶋「私は、いたって普通だと思っていますけどね」
こんな他愛もないやり取りが、2人の信頼関係を端的に表している。しかし、SPの所作に関しては現場に現役のSPが常駐し、拳銃の抜き方や立ち位置など細かい部分も見逃さずにダメ出しを食らったという。中でも最も苦労したのが岸谷五朗、永山絢斗を加えた4人での敬礼のシーンだったという。
大沢「監督もそこはすごくこだわって、何度も挨拶をやりましたよ。この年になって、挨拶の練習をするとは思わなかった」
松嶋「全員がそろわないんですよね。掛け声もないので」
大沢「俳優って、個性があるからなかなか同じことができない。合わせろって言われても、微妙にずれるんですよ」
松嶋「あれは、テイクを重ねましたね」
大沢「でもそこは、監督のこだわりというかディテールを徹底的に、浮き足立ったものにはしないというものがありました」
そして2人は、守るべき価値があるのかと葛藤しながらも清丸の盾となり、さらに黒幕である蜷川の存在を意識しながらただひたすらに東京を目指す。フィクションではあるものの、いつ自らの身に降りかかるか分からないリアリティが「藁の楯」の最大の魅力といえる。結末の詳述はできないが、2人もどこか観客自身の身に置き換えて“参加”してほしいと声をそろえる。
松嶋「世の中に悲惨なニュースがたくさんある中、皆さんもかわいそうだな、大変だろうなという気持ちはありつつ遠目で見ていらっしゃると思うのですが、今回は、犯人に10億円の懸賞金がかかり国民が興味を持ったことで、全くかけ離れた事件がグッと引き寄せられる。この映画は、正義や命を考えるきっかけになるような気がしています」
大沢「見た皆さんだったらどうしますかというね。実は全員が誰も間違ったことは言っていないので、あなたはどの人になるのか。決して銘苅が正しいわけでもないし、皆がそれぞれの正義を持っているところが面白い。皆が一緒にこの事件に巻き込まれて感じてくれたら、2倍楽しめるのかなと思います」
「藁の楯」は4月26日の公開を経て、5月15日に開幕する映画界最大の祭典、カンヌでお披露目される。2人の熱演によって確立された新たな三池ワールドが世界でどう評価されるか、コーエン兄弟、ロマン・ポランスキー、スティーブン・ソダーバーグら巨匠たちがそろうコンペでいかなる結果を出すのか、興味は増すばかりだ。