「山に生かされた日々はタイトル通りの内容でした」越後奥三面 山に生かされた日々 fuhgetsuさんの映画レビュー(感想・評価)
山に生かされた日々はタイトル通りの内容でした
昭和が終わる頃、つまり80年代のはじまり。
岐阜に住んでるわたしがまだTOKIOの東京に憧れYMOに夢中だった中学生の頃、東北の見ず知らずの山奥では縄文さながらの素晴らしい山の文化を継承して暮らしてる人たちがいたんだ。
奥三面。
おくさんめんと読んでたけど、おくみおもてと読む。
このタイトルは民俗学に興味を持ったここ最近知った記録映画作家の姫田さんの作品名で、マタギのような映像の一部を見て頭から離れなかった。
映画をいつか観たいとおもいつつも、自主上映でなかなか観れない。
それが今年、デジタルリマスターで映画館での上映となった。
40年も前の話だが、この時代にリバイバル上映する意味はとても奥深い。
ナレーションが、記録映像を見ながら語りかける自然な感じがいい。
昨今の映画もテレビも字幕スーパーで音声を拾うけど、まったく字幕なしで淡々と東北訛りの古老が話してる、その臨場感が生々しくて聴き取れないけど伝わってくる。
大自然の、しかも寒くて雪深い印象の山奥で、さぞかし不自由な暮らしは大変だろうな、という先入観があった中学生の頃。
本当は、何も生み出せない都市が地方の豊かさを搾取して成り立ってるだけで、過疎化してるような田舎ほど本当は豊かだったんだよね。
山の幸、山の恵みがあるからこそ、狼も、熊やカモシカや野ウサギなどたくさんの生き物がその恩恵を受け取って生きてる。
山は命を生み出し育む場所であり、山岳信仰では死んだらそこに還る場所でもある。
今ではわたしも岐阜周辺に未だに残ってる民俗や祭りを丹念に追ってるので、これぞ人間らしい暮らしで特別なことでもなんでもなく、山の神や虫送りなど様々な民間行事など共通する部分を多く発見することが出来た。
何しろ、時代が半世紀近く前だし、かなりマニアックで貴重なものを見せていただいてる感じに圧倒される。
作為のないドキュメンタリーで、目の前に起きてる様々なこと。
映像をつくる側と、普段の暮らしをしている奥三面の人々。
最初は長閑で、民俗満載の記録なだけとも受け取れたけど、一年を通した季節の行事や暮らしの流れを追いながら4年通った撮影期間で、もしかしたらダムに沈むという非現実的な話がだんだん現実的な話となり、山の生活に対する想いがより一層愛着を感じ、それゆえ複雑な心境となっていくのが、見てるわたしも胸がキュンキュンしてくる。
焼き畑や山菜採り、熊狩りにも同行。
大木を伐って、真冬の山の中で数人であっという間に丸木舟を作って川を下るまで雪の中を引き摺るシーンは魂が震えるほどすごいものを感じたが、撮影スタッフですら思いがけない出来事だったんじゃないかな。
あのマタギの衣装も、そんな思いに駆られて古い衣装を引っ張り出してきて山に入るラストシーンあたり。
もうわたしの心もクライマックスになりました。
映画の内容も、時代も場所も違うけど、岐阜の徳山ダムに沈んだ徳山村のドキュメンタリー「水になった村」とかなりオーバーラップした。
それから、リバイバル上映で新しく作られたであろうパンフレットが秀逸。
字幕なしで雰囲気で見てた内容も詳しく書かれてたり、写真や手描きイラスト入りで民俗学の資料としても貴重な内容。
ぜひ映画とセットで!