若手三羽烏 女難旅行
劇場公開日:1960年2月19日
解説
「愛を誓いし君なれば」の田畠恒男が自らの脚本を監督した明朗編。撮影担当も「愛を誓いし君なれば」の布戸章。
1960年製作/92分/日本
配給:松竹
劇場公開日:1960年2月19日
ストーリー
大東洋観光会のガイドをアルバイトとしてやることになった豊太郎、真吉、一平の三人は、兵庫県から上京して来た白バラ文化家政女学院の生徒たちを受持った。この一団は三つのグループに分れていて、事毎に対立し三人を困らせた。--豊太郎は、操から明後日の見合いをこわしてくれと頼まれる。真吉はさつきから、ふみ子が妊娠していると聞かされ、堕胎の手筈を頼まれる。一平は一平で、孝子から七つの時に別れた母が東京にいるらしいから捜してくれと頼まれた。一平の働きで、孝子の母の居所は分った。一平が写真を番頭に見せたことから判明したのだ。強羅の宿屋の女中をしているという。操の姉で医者の卵の竜子が、操のお目付役として行を共にすることになった。一行は箱根に向った。予約してあるはずの宿がとってなくて、三人が駈けずり廻って薄汚い宿を見つけて来た。ふみ子の様子がおかしくなった。しかし、竜子の見たては肺炎だった。想像妊娠だったのだ。一平は孝子を伴い、孝子の母を訪ねたが、もうその宿にはいなかった。孝子は自殺騒ぎを起したが、孝子の母は熱海で働いていることが分った。翌日、一行は貸切バスで甲府へ向った。しかし、バスの貸切りに払われた小切手が不渡りだというので、一行は山の中に置き去りにされてしまった。熱海の竜子の親戚の宿にとまることになり、何キロという山道を歩いた。熱海に着いた。院長は旅行中の数々の不手際の責任は自分にあるといい帰ったら辞職すると言った。孝子は母に会えた。三つのグループも仲良しになった。操と豊太郎、孝子と一平、さつきと真吉もそれぞれ結ばれるだろう。