槍一筋日本晴れ
劇場公開日:1959年12月8日
解説
「サザエさんの新婚家庭」のコンビ蓮池義雄の脚本を、青柳信雄が監督したもので、コメディ風に描いた義士外伝もの。「若い恋人たち」の西垣六郎が撮影した。
1959年製作/93分/日本
原題または英題:The Spear Master
配給:東宝
劇場公開日:1959年12月8日
ストーリー
江戸の裏町にある俵星玄蕃の道場。門弟たちは荒稽古に恐れをなして去り、この貧窮の主に仕えるのは現在は野辺地万作唯一人である。そんな時、赤穂浪士・倉橋伝介が、町人に身をやつし新助と名乗って弟子入りを志願した。しかし、新助の弟子人りは容易に許されなかった。吉良家から玄蕃を三百石で迎えるという話があった。この仕官の話は、居酒屋長兵衛の娘で、玄蕃に惚れている芸者お滝が、出入り先の千坂兵部の意向として伝えてきたものだ。が、玄蕃は五百石以下では仕官しないという。新助は玄蕃の家にいついて袋貼りの内職を手伝っていたが、長兵衛のもう一人の娘お糸に見染められた。お糸が玄蕃に頼みこみ、ようやく新助は弟子入りを許された。万作が栄養失調から胸を病んで倒れた。人参を飲まねば助からぬという。二十両という金が必要だ。玄蕃は兵部に会い、吉良家の後に控える上杉家に仕官の約束をし金を受取った。新助にとっては、玄蕃を敵に廻すことになった。彼は同志の原と一策を練った。原を本多家の家臣に仕立て、使者を玄蕃の許に派し、千石で勧誘するというのだ。だがこれは玄蕃にはねられた。非常手段として新助は玄蕃の寝こみを襲った。逆に捕えられ、庭先に投げ出された。お糸に救われた。--元禄十五年十二月十五日の朝、玄蕃はまた本多家の使者と称する原の訪問を受け、仕官を請われた。玄蕃は謀略としりながら、仕官の儀を了承した。そして、迎えに来た吉良家の使者に対して断りを言った。夜半、かすかに響いて来る山鹿流の陣太鼓の音を聞いた。四十七士が吉良邸で奮戦していた。玄蕃は槍を小脇に往来を睥睨し、討入りを妨げる者は誰も通さなかった。夜明け、赤穂浪士は本懐をとげて引さ上げた。玄蕃に感謝しながら倉橋、原をはじめとする彼らは泉岳寺へ向った。