「全力で家族とコミュニティを支えるスーパーお手伝いさん」月夜の傘 so whatさんの映画レビュー(感想・評価)
全力で家族とコミュニティを支えるスーパーお手伝いさん
昭和30年の東京郊外で暮らす、3つの家、4つの家族、4人の主婦の日常生活スケッチ映画。なんとも平和でのんびりした生活の様子が描かれ、特に何の事件も起こらず、悪人は一人も登場しない。
①村井家(6人暮らし)。村井かね子(専業主婦、轟夕起子)。村井隆吉(羽振りのいい勤め人、家では和装。ちゃっかりバーの女と浮気、三島雅夫)。村井健一(音楽好きの高校3年生、茂崎幸雄)。宮島弥生(住み込みのお手伝いさんで婆や、飯田蝶子)。
③小野妙子(村井家に間借りして暮らす戦争未亡人、洋裁の仕事人、坪内美詠子)。小野雪子(6歳、二木てるみ)。
②小谷家(5人暮らし)。小谷律子(専業主婦、田中絹代)。小谷耕平(頑固で気短の暴君、家では和装。学校の先生、宇野重吉)。小谷高志(しっかり者の高校3年生、渡辺鉄彌)。小谷弘志(虫好き、真塩洋一)。小谷和子(加藤順子)。
④倉田家 (2人暮らし)。倉田美枝(内職で洋服作り、ピアノも上手、新珠三千代)。 倉田信男(出張の多い勤め人、家ではTシャツ。同僚OLからもモテモテ、三島耕)。若いくせにムリして一戸建ての家を買い、毎月の支払いに苦労する若夫婦。自分の父母と同世代である二人の様子は特に興味深い。
足踏みミシン、公衆電話、未舗装の道、原っぱ、板塀の家、お櫃、扇風機、ちゃぶ台とハエよけネット、和装でくつろぐオッサン、井戸、洗濯板、八百屋の御用聞き、 当時の暮らしの記録映像として興味深い。
4人の主婦たちは年齢も住む家の大きさも異なるが、お互いにタメ口の、全く対等の関係として造形されており、上下関係のない、新しい関係性は自由で開放的。古い3世代家族は出てこない。4人でめかし込んで銀座に買い物に出かけるシーン。デパートで見るのは夫のネクタイや子供の服ばかり、残してきた家族の心配をする姿がなんとも微笑ましい。
一見平和なこのコミュニティを壊すにはどうすればいいか。そのためにはまず女と子供を洗脳しないといけない。資本主義の荒波でもみくちゃにしないといけない。この先、電化製品の導入で生まれた余剰時間はテレビと子供への過干渉に費やされるようになる。自家用車、流行りの服、個室などが「必需品」として売り込まれていく。家庭からは会話も団らんも情緒も失われ、隣人は助け合うべき存在から見得を張り合う競争相手に変わっていく。コミュニティも家族もバラバラにし、人をただの孤独な消費者に変えてしまう方向に社会と経済は進化した。物質的に飽和状態にある現代では、いかに「要らない物」や「役に立たない物」を売りつけるかが、広告業界の大命題になった。大量に売って大量に捨て続けないと維持できない経済。それを必死に維持し続けようと頑張る社会のみんな。経済成長というフィクションは、笑えないブラックユーモアに似ている。
女は社会に進出させられ、男は家庭に居場所を失い、子供たちは「大事な労働力」から「愛玩物もしくは金のかかる余計者」に立場を変えた。社会の変化のスピードのせいで、親がどんなにカネと愛情を注ぎ込んでも子供に思いは通じないし対話も成立しない。少子化に傾くのはあたりまえ。
小谷家の長男、高志は8歳で終戦を迎え、戦争は知っているが戦場は知らない。そのせいか、彼の言動には全く屈託がない。「横暴だ、教師がそれでいいのか」と父に面と向かって意見し、「父をあんな暴君にしたのは今まで甘やかしてきたあなたのせいだ」と母を断罪する。まるで戦後民主主義教育の申し子のよう。でも暴君とまで言われた父は、怒鳴ったり物を壊したりするだけで、家族に一切暴力を振るってはいない。なんとも優しい世界。高志がこの先学生運動に身を挺するのが容易に想像できる。この純粋さと勢いで、仲間を総括したり粛正したりしなければよいが、と余計な心配をしてしまう。
村井家の住み込み使用人である宮島弥生。登場人物の中では最も過酷な戦中戦後を生き抜いてきたと思われる。寡婦である彼女が一番、家族やコミュニティのありがたみを知っている。彼女のおかげで、この家族やコミュニティがつながっている。孤独な独居老女をコミュニティに取り込むために、彼女は自分の全貯金をはたくことも厭わない。資本主義経済にも戦後民主主義にも屈しない、隠れた主役だった。封建的だという理由で呼び方をばあやから宮島さんに変えられようが、彼女はそんな表面的なことは全く気にしていない。彼女がいなくなったとき、村井家もこのコミュニティも真の崩壊を迎えるだろう。誰もそれに気付いていない様子だが。
1955年から2022年までの間の変化も目覚ましいが、これから先の変化はもっと激しいはず。家族も国もなくなり、人は実体を持つ個人から情報へ。情緒も義理人情もへったくれもない、そんな方向性で進んでいくことだろう。その時にはどんな映画が作られているのか、気になる。