橋(1959・西ドイツ)のレビュー・感想・評価
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敗戦濃厚なドイツの田舎町に起こった些細な事件、それは橋の上の7人の少年の悲運
第二次世界大戦後の西ドイツ映画がニュー・ジャーマン・シネマ(1960年後半から1980年代)と称するムーブメントが現れるまで低迷していたと思われたのは、あくまで日本で話題になった作品が少なかったからです。記憶にあるのが、「サウンド・オブ・ミュージック」のトラップ一家の自叙伝原作の「菩提樹」(1956年)、ウィーン少年合唱団が出演した「野ばら」(墺・1957年)、アルペンスキーのレジェンドのトニー・ザイラー主演した「黒い稲妻」(1958年)くらいで、戦前のドイツ映画の隆盛と比較すると寂しいものでした。同じ敗戦国の日本映画と比較すると、世界的な評価には雲泥の差があります。その中で、この1959年に製作された「橋」はアカデミー賞最優秀外国映画にノミネートされ、ゴールデングローブ賞最優秀外国映画賞を受賞しています。ヒトラーとナチス・ドイツを直接描かず(まだ戦後10数年と国家分断では描けなかった、が正しいか)、ある村の少年兵が招集されたその日の夜に緊急配属され、敵軍アメリカ戦車部隊と決戦する悲劇の史実から、敗戦濃厚になったドイツ軍の統率不能のなかで愛国心と殊勲から勇敢に戦うことが裏目に出て最悪の結果に至る戦争の残酷さが、国境を越えて戦争の記憶が残る人々に衝撃を与えたのだと思われます。
原作者グレゴール・ドルフマイスター(1929年~2018年)は、1945年16歳で国民突撃隊に入隊し、故郷の街の二つの橋の守備任務に就きますが、同級生8人のうち7人が犠牲になりました。この脳裏に焼き付いた痛ましい事件を29歳になった1958年に小説にして作家デビューします。亡くなった仲間たちへの鎮魂と、使命感を持ち戦った自分たちを適当に扱った無責任な軍人たちへの怒りが、創作させたのでしょう。監督は俳優出身のオーストリア人ベルンハルト・ヴィッキで、この作品で国際的に認められ「史上最大の作戦」(1962年)のドイツ編の演出、続いて大スターのイングリッド・バーグマンやマーロン・ブランドが主演の作品を手掛け活躍の場を広げています。
ベルリン陥落(1945年5月2日)の僅か5日前の4月27日に起こったこの事件は、ナチス・ドイツの敗北とユダヤ人虐待の戦争責任の歴史の中では些細な出来事であり、生き残った少年の証言が無ければ世界に知れ渡ることはなかった。しかし、大戦後80年の映画の歴史は、この様な教科書に載らない戦争の実態を数多く扱い、世界の人々に戦争の悲惨さを伝えてきました。“戦争に勝者も敗者もいない、すべて犠牲者である”と映画から教えられてきた私にとって、貴重なドイツ映画になります。
映画は2部構成になっていて、前半に男子生徒7名其々の家庭事情や少年らしい恋愛と性を簡潔にまとめ、学校生活と私生活がバランスよく描かれています。後半は召集されて戦闘に巻き込まれ、故郷の街が戦場と化します。地区長を父に持つヴァルターは母親が疎開し父と衝突、ジギの母親は伯母のところに預けたいが本人は仲間と別れたくない、カールは父が経営する床屋の従業員バルバラに恋心を抱くも裏切られ一人先に入隊、名家のユンゲルは軍人の父の拳銃を譲り受けて、アルバートの家に同居しているハンスはアルバートの母親に息子を託され、同級生のフランツィスカと恋仲のクラウスは貸した時計を返してもらう。演じる俳優はハンスのフォルカー・ボーネットの22歳から、クラウス役フォルカー・リヒテンブリンクとジギ役ギュンター・フォマンが15歳と幅がありますが、其々に好演です。クラウスとフランツィスカのデートシーンでは、時計のエピソードもいいし初恋の淡さと不器用さが奇麗に表現されている。対してヴァルターのマザコンと早熟が入り混じった感じや、カールの潔癖故の怒りも何処か微笑ましく、少年たちの個性を丁寧に描き分けています。この役者の演技とヴィッキ監督の演出力が脚本と共に先ず評価に値すると言えるでしょう。課外授業のボート作りやバレーボールの4倍位の大きなボールで運動する体育シーンも印象に残ります。そして、教師が入隊した子供たちを心配して、フレリヒ大尉に決して前線に送らないようお願いするも、上官の命令に逆らえない軍規で断られます。それでも橋の警備に配置されてハイルマン伍長が少年たちの面倒をみる安心も束の間、すでに命令系統が機能していない軍内部の混乱が悲劇を招きます。最後はドイツ人同士、大人と子供が敵対する修羅場となり、一人生き延びたアルバートが街に帰っていく。こんなはずではなかった不運の連続に、もう言葉がありません。
戦中の姿を遺した街の建物を生かしたゲルト・フォン・ボウニンのカメラワークが沈滞した雰囲気を再現しています。104分に収めた密度の濃い内容と的確で無駄の無い編集。あまり編集を意識することはないものの、カール・オットー・バートニングという人は、戦争プロパガンダ映画の編集実績のある人でした。この題材は、制作費と時間をもう少し掛けて創作したら、もっと良い作品になったと思います。そう思わせるスタッフ・キャストの真摯な映画作り、そして原作者の心からの啓発に戦争の愚かさを感じ取れるドイツ映画らしい作品でした。
洗脳?
開戦の何年も前から、暗黒の軍国主義へと突き進んだ日本
学校でも地域でも、徹底的に上からの命令には「絶対服従」を叩きつけられ、召集令状が届くと、町をあげて万歳!と叫んで送り出す
中には、自ら入隊を希望するだけでなく、特攻隊という世界にも例を見ない異常な作戦にも❜名誉❜として参加しようとする者も
「鬼畜米兵」と教わり、天皇のために死んでいくことが国民として当然の義務であり誇りでもあると洗脳されていった多くの庶民や若者達
でもそれは日本だけじゃなく、戦争時にはどこの国も同じだったことが改めて分かる作品です
前線に行きたいと願い、それが叶わないと意気消沈するドイツの若者
去っていく者を「反逆者」「弱虫」と決めつけて嘲笑する彼等
でも砲弾が自分達めがけてとんできて、初めてやっと目を覚ます
そして早く家に帰りたいと泣き出す
しかし時既に遅く、あっけなく4んでいく
たとえ軍の記録に残っていない戦いでも、そこには尊い命の犠牲があり、母や家族の悲哀がある
それを映画にしたこの True Story は、戦争の足音が聞こえ始めた今こそ、また見るべきものなのかもしれない
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