ピンポンは国境を越えて 友情開花

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解説

1971年11月、北京で華々しく開催された“アジア・アフリカ卓球友好招待試合”の模様を通して“ピンポン外交”の実態と、国連参加などで注目を浴びる新生中国の姿を描く、ドキュメンタリー。

あらすじ

971年11月、日本、中国、朝鮮、エジプトなど六ヵ国の提唱により第一回アジア・アフリカ卓球友好招待試合が中国の首都北京で開催された。相次いで北京空港に降りたつ各国の選手たちを北京市民は熱狂的な拍手で迎えた。集まる者、アジア23、アフリカ28、合わせて61ヵ国と地域の代表六百余名。11月2日、1万8千人を収容する首都体育館で開会式。葉剣英、李先念、郭沫若、姫鵬飛、呉徳らの出席する中で、各国選手団の入場。日本は33名という参加中最大の選手団を送った。これに次ぐのが朝鮮の33名、戦火の中にある北ベトナムも選手を派遣してきた。11月3日、男女団体戦で競技のスタートが切られた。友好第一のこの大会では、練習や試合の合い間に、各国の選手たちはうち揃って北京のあちらこちらを見学して行った。故官博物館では西漢の古墳から発掘された“黄金の玉衣”や、西安郊外で発掘された唐代の金のワシ、中央アジアからもたらされたメノウの杯などに眼をみはった。第一、二次予選リーグを終って、決勝リーグに進出したのは、予想通り男女団体とも日本、中国、朝鮮の三国だった。熱戦が展開され、女子は中国が、男子は日本の優勝が決定した。団体戦が終わって個人戦に移るまでには三日間の休みがある。選手たちは思い思いのレジャーを楽しんだ。11月14日、本大会最終日、この日で個人戦の全部門の優勝者が決り、引き続き閉会式も行なわれる。男子ダブルスは中国同志の決戦の末、李景光組が、女子はやはり日本人同志で大関・今野組が優勝。男子シングルスは日本の長谷川が、女子は中国の鄭懐穎がそれぞれ優勝した。全七種のタイトルは日本と中国がそれぞれ三、朝鮮が一つとなった。閉会式にはシアヌーク殿下夫妻、周恩来首相、江青、張春橋、桃文元などの顔が揃った。翌日のサヨナラ・パーティでは後藤・日本卓球協会々長が発起国を代表して挨拶。大会は大成功だった。

1972年製作/中国
原題:友誼花開
配給:東和

スタッフ・キャスト

字幕監修
清水晶
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