劇場公開日 1970年12月12日

「大人の男の格好良さが濃縮された作品です」仁義(1970) あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0大人の男の格好良さが濃縮された作品です

2020年9月25日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

激シブ!これは物凄い!
これこそ本物の大人向け映画です
エロも過激な暴力もないけれどR18どころか、R40くらいかもしれません

物語は突き詰めると単純なのですが、説明を省いて省いて省き過ぎなほどなので、うかうかしていると、なんでそうなるのかよくわからないかもしれません

説明過剰な映画に慣れていると全く不親切
なんだよこれは!となって退屈な訳分からない映画だと思ってしまうのも仕方ないかも知れません
途中で寝てしまっても致し方なしです

だからといってつまらない映画はありません
物凄く面白いのです
味わいが深いのです

一度だと分からないことも、二度、三度観ると、ああ、そう言うことか段々と分かってきます

そうすると、ほんのちいさな仕草、表情、目線ままで計算された本作の世界に痺れて虜になっている事でしょう

余計なものは徹底的に削ぎ落とされています
台詞は極少、演技も抑制されて仕草は僅か
表情も殆ど動かない

アクションシーンもあるにはあるが、ごく限定的ですぐに終わります

音楽も、全くないのかと思ってしまうほどありません
明確に音楽がなるのは、コレイがドライブインで食事する時に掛かっていたレストランのBGMのジャズ、サンティの店でのショーの音楽、エンドロールのテーマ曲ぐらい
その実、良く聴くと山狩りシーンや、ヴォージェルとコレイが荒れ地で初めて対面した時には、極めて小さな音量で音楽がなっています
その他はどんなスリリングなシーンであっても音楽がないのです
その音楽は映像とマッチした、クールジャズ
まるでMJQから華やかさを剥ぎ取ったようなクールさです

映像もまたクール
劇中の雪やみぞれが降る寒々しい光景をより、寒々しく青み掛かった映像で撮影しています
カメラはあのサムライと同じアンリ・ドカエです
カットワークも全く無駄がありません

フィルムノワールの巨匠ジャン=ピエール・メルヴィルの金字塔です

「人はそれと知らずに必ずめぐり逢う。たとえ互いの身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、必ずや赤い輪の中で結び合う」
映画の冒頭でこんなテロップがでます
そして赤く輪が一筆書きされます
原題は「赤い輪」
その意味はだから人との信義は裏切ってはならない、そういう意味だと思います
それを字幕訳者?映画会社の宣伝マン?は「仁義」と意訳したのでしょう
見事だと思います
ただ、日本は当時東映ヤクザ映画の全盛期でした
そう言うイメージで本作を観たなら、そりやゃ日本じゃ当たりませんわ
やっぱり売り方の作戦ミスだったと思います
渋い大人のフランス映画ですという売り方をすべきだったと思います

しかしそれでも仁義という邦題は正しいと思います
劇中の終盤に「なぜ黙ってた?」と第二の故買屋に変装したマテイ警視はヴォージェルに問います
「仁義さ」彼はそう答えるシーンがあります
しかし意味が良く通りません

原語ではこう言っているようです
「なぜお前は俺が誰だか言わなかった?」
「言えばあいつは逃げないに決まってるからだ」

つまりヴォージェルはマテイ警視を殺させたくなかったのです
「こいつはサツだ!とコレイに言えば、コレイは逃げないであんたを殺していたに決まってるだろ」ということだと思います

ヴォージェルは寝台列車から逃げた時に、マテイ警視から命を助けて貰ったと思って恩義を感じていたのです

監査局長が疑ったように、マテイは有罪と決まっていない容疑者を射殺できずにわざと逃がしていたのです
それをヴォージェルは理解していたのです

ラストシーンでマテイはインターポールの国際射撃大会優勝者であるジャンセンの射撃を先する程の腕前をみせます

序盤の逃亡劇の際にヴォージェルが盾にした立木にだけ当てたのは、きっとわざとだったのです

つまりヴォージェルは仁義をとおしたのです
俺もあんたの命は助けるということだったのです

それ故に仁義という邦題はやっぱり正しいのです
それしか他に付けようが無い見事さだと思います

序盤とラストが大きく輪を描いていたのです
命を巡る「赤い輪」が閉じられたのです
だから「赤い輪」の邦題でよいのですが、それでも、やっぱり仁義です!

痺れるシーンや台詞が沢山あります
宝石店襲撃はまるで鬼平犯科帳の本格のおつとめです
イヴ・モンタンが演じるジャンセンが三脚からライフルを外して射撃するシーンの格好良さといったらありません
口髭をはやし、トレンチコートを着たアラン・ドロンの渋さ
彼がジャンセンと初めてサンティの店で合った時、スコッチ二つとウエイターに注文したのに、ジャンセンが酒は飲まないというので、じゃダブルにしてくれと言うシーン
何のこと無いけれど痺れます
ジャンセンの分まで飲むからこいつは無しでも良いだろと言う意味です
スラっとこう言う台詞を言える大人になりたいものです
その他にも山ほどあります

大人の男の格好良さが濃縮された作品です

「赤い輪」はコレイにも、ジャンセンにもあります

まずコレイ
密告者はリコです
看取からコレイの情報を得て
第一の故買屋に手を回して買取させませんでした

コレイが看取に断ったのにヤマを踏んだのはリコから巻き上げた金が血だらけになり使えなくなったからです

そしてリコのベッドにいたのはコレイの写真の女

ここにもまた「赤い輪」があったのです

そしてジャンセン
アル中で幻覚を見る廃人になっていた
なぜ?
きっとあの監査局長との因縁があると思います
ラストシーンに監査局長が銃撃戦が終わって余りにも早く警察の大部隊と共に現れたのは、彼がジャンセンを尾行していたに違いないと思います
鍵穴の射撃の手口と腕前から、彼は朝の三時まで掛かって読んでいたファイルからジャンセンを思いだし目星を付けていたのです
監査局長の性悪説はジャンセンのことだったのです
ジャンセンはコレイにこういいました
パリにのこる
クローゼットに住んでいる連中がいるからと
しかし、クローゼットの中は空っぽです
アル中の幻覚に現れた蛇だの毒蜘だの大トカゲなどの動物は消え去ったのです
このヤマを踏んで彼は立ち直ったのです
そして元同僚のマテイに射殺されかれの赤い輪も閉じられたのです

今年の冬はトレンチコートが欲しくなりました

あき240