愛について、ある土曜日の面会室のレビュー・感想・評価
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人生が交錯する面会室
私がまだもっと繊細で不安定だった頃、周囲の見ず知らずの人々にもそれぞれ人生があり生活があることにふと気付いて何だかたまらなくなってそのまま電車に乗っていることが出来ずに降りてしまったことがある。大勢の人間が集まる場所では避けようもないことで、実際に電車に乗り合わせた誰かの人生や生活について私が知ることはない。しかし、それぞれに人生や生活があることは紛れもない真実。
これが長編デビューだというレア・フェネールが描く三人(三組)の人生も、刑務所の面会室という多くの見知らぬ人々が偶然居合わせる場所で交錯する。
刑務所の面会室という場所を考えれば、そこに居合わせた人々のそれまでの人生は喜びよりも哀しみ、苦しみ、困難がより多かったことは容易に想像出来る。
息子が何故殺されたのかを知るために犯人に会いに来たアルジェリア人女性。恋人に妊娠ともう会えないと伝えるために来た少女、大金と引き換えに自分とそっくりの服役者と入れ替わろうとする男。
服役者と面会者の間のすれ違う思いと衝突。
アルジェリア人女性はまた息子の恋人であり命を奪った男に再び会いに来るのか?少女はこどもを産むのか?そして入れ替わった男は約束通り一年で釈放されるのか?
面会室の外の曇り空のように、彼等の未来に何が待っているのかは分からない。
しかし、人生は続く。
映画を観終わって窓の外を見ると、ラストシーンと同じような雲が広がり、その雲の隙間から少しだけ陽がさしていた。
そんなシンクロもなんだかやけに心に沁みた。
愛を知り、その大切さに気付く総てがここに描かれている
「人間にもしも、未来を見通せる予知能力があったなら、こんな悲しみを背負う必要が無かったのに」と言う想いがこの映画を観終わった時の感想だった。
突然予告も無く、思いっ切り金属バットか何かで頭を殴られたようなショッキングな映画だった。
アルジェリアに住むゾラは、或る日、息子がフランスで殺害されたと言う訃報を受けて、遺体となって帰国した息子と5年振りで再会する。ゾラは母親の反対を押し切って加害者に息子の殺害の真相を確かめる為に、加害者の姉の元を偶然を装って近づく。
ゾラの正体を知らない加害者の姉のセリーヌは、加害者である弟を暫らく匿っていた理由を告白するが、セリーヌは弟の気持ちを理解出来ずに、相談に乗らなかった事が原因で弟は罪を犯したと自責の念に今も苦しんでいる。
そんな彼女を優しく見守るゾラ。ゾラも息子にフランス行きを勧めてしまった事で息子が死んでしまったと自責の念に同じく苦しんでいたのだ。
もう1組のケースのロールはアレクサンドルの場合は、ロールが偶然アレクサンドルと出会い恋に落ちるが、彼は暴力事件を起こし逮捕される。未成年のロールは彼の子ともを既に妊娠してしまっていた。彼女はその事を彼に告げられず、一人不安に耐えていた。
そしてもう1組のステェファンとエルザの場合は、30歳を過ぎても中々自立出来ないステェファンは、恋人のエルザに愛想を尽かされ、別れ話しになるが、そこへ彼と瓜二つの服役者の身代わりとして1年間刑務所に入れ替わって入れば高額金を受け取り人生の再生が出来ると、ピエールと言う男に依頼されるのだ。
この3組のそれぞれの人間模様を淡々と描いて行くだけの作品なのだが、私はフランス映画には造詣が深く無い為に、出演者全員初めて観る顔ばかりで、それが物凄く新鮮で、しかも皆それぞれがとても、演技派で芝居が巧い為に2時間の長尺があっと言う間だった。
特に母親ゾラを演じたファリダ・ラウアッジと、セリーヌ役のデルフィーヌ・シュイヨーの芝居は絶品だった。
この3組の人々が何処かで一つに繋がっていくのかな?と思っていたが、それは全く関係の無い、それぞれの人々の物語であったのだが、よくもこれだけ1つの作品として、誰かを愛して、誰かを愛するが故に起こる感情の波を細やかに描いて魅せるこの監督は巧いなと感心したが、驚く事にこの作品が長編映画初めての作品で、しかも彼女は若干30歳位の若い監督だという。今後のレア・フェネール監督作品には是非注目したいものだ。
只、欲を言えば、ピエールの正体が最後迄掴めなかったので、ピエールを解り易く描いて欲しかったと残念にも思う。
人は人生を切り開き、前進するのが恐いものだ。それが決して満足出来る人生を送っている訳では無くても中々、今の自分の生活を変化させ難いものだ。しかしみんな、誰か自分の愛する人との大切な繋がりを想い、その人を理解しようと、愛する気持ちを育て、伝えようと苦しみ生きている。そんな人間の素晴らしい一面を描いてくれた本作に感謝したい。
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