「派手ではないけれどじわりと感じさせるものはちゃんと感じられました。それは笑顔です。」大統領の料理人 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
派手ではないけれどじわりと感じさせるものはちゃんと感じられました。それは笑顔です。
フランス映画は往々にして、わざとドラマアップしないで終わる作品が多いので困ります。観客の見る目を選んでいるのです。こちらのような、奥深い表現に鈍感な人間は、この作品は何を語ろうとしているのか分からないと感じても、世の中の映画ファンには名作として評価されている場合が多いのです。
そんな一本であると断って、しばしレビューにお付き合いのほどを。
ミッテラン大統領のプライベートシェフを務めたダニエル・デルプシュの実話がもとになっています。
物語は、南極基地に向かう船上で、取材クルーが基地で調理を担当するスタッフを取材する風景から始まります。
取材対象に不満なクルーが、たまたま基地で見つけた女料理人が、オルタンスだったのです。聞けば彼女は、大統領の料理人だったということでビックリするという幕開け。
気に入らないのは、基地で働くオルタンスと4年前に大統領の料理人だったころが意味なくカットバックしあうことです。なぜ大統領の料理人を辞めたのか、そして今また1年間働いた基地を後にして新天地に向かうのか、肝心の彼女の真意のところは、観客の想像に任せてしまう手法なんですね。
もちろん、辞める理由らしきものは充分描かれます。また彼女の気性として研究熱心で、向上心の強さから、常に自ら新天地にチャレンジしていこうとする気構えも理解できるのです。、鈍感な映画ファンの自分は、盛り上がる感動場面とかはあまりなくて、坦々と描かれる本作のような作品は正直なところ苦手なんです。蛇足かもしれないけれど、主人公の決断の瞬間をキチンと描いて欲しかったのです。ええ、そりゃあグルメ映画だけにキッチンは、ちゃんと描かれてましたよ(^^ゞ
それと料理人に選ばれる過程も省略されています。フランスの片田舎で小さなレストランを営む普通のおばさんが、有名シェフのジョエル・ロブションの推薦で、突然エリゼ宮に招かれるという実話は、それだけでドラマだったはず。オルタンスの驚く顔が見たかったのに、省略されてしまいました。
でも、派手ではないけれどじわりと感じさせるものはちゃんと感じられました。それは笑顔です。基地でも、エリゼ宮でもオルタンスの作る料理は、味わう人を心から笑顔にさせるのです。それは、味わう人にこころから喜んでもらいたいと、相手の立場に立って作るから。そして味わう人の笑顔を見つめるオルタンスたち料理人も、賞賛の声に笑顔を勢ませるのです。
料理に関心のある人なら、「料理は誰の為にするのか」という問いかけが、ぐっと心に迫ってくる作品となることでしょう。
オルタンスの作る料理は、何もかもホワイトソースでくるんでしまう伝統的なフランス料理のイメージとはかけ離れた、豪快で素材を活かした料理。向こうのお袋の味とは、きっと素材の土の香りが伝わってくるような料理なんでしょう。
子供の頃から料理通だったというミッテラン大統領が、オルタンスのような女性の料理人を探し出したのも、分かる気がします。
後日なかなか会えなかった大統領とオルタンスは偶然接触して、料理談義が始まります。飛行機の時間を変更してまで盛り上がるまでに。大統領は子供のように目を輝かさせ、夢中で話こむ姿を見ていると、いかに大統領がおふくろの味に飢えていたかがよく理解できました。それにしても、子どもの頃の料理のレシピ本をまだ記憶していて、オルタンスに夢中に語りかける食いしん坊ぶりが実話なら、なんてミッテランという人は、気さくな人物だったのかと感じました。
ところで、オルタンスの魅力は、いつもすっと背筋を伸ばし颯爽と歩く姿勢にも表れている信念の強さにあると思います。同性の方なら、きっとかっこいいと感動されることでしょう。
彼女の信念は、素材にこだわりに尽きました。それを具現化すべく、奮闘します。自家菜園から取れたトリュフや自分が経営する農場とか取り寄せた豚肉や牛肉など美味しい料理を作るために産地指定で自ら食材調達まで行うのです。
けれども官僚社会である宮廷では、規律に縛られて働くオルタンスは、異端児でしかありませんでした。同性の方がもう一つかっこいいと感動することとして、彼女の男社会決して屈しない強さに憧れを感じることでしょう。
どんなに言われようが構わずに、彼女は、小さな別室の厨房でたった一人の助手と共に料理に励むのです。
けれどもそんな信念を打ち砕く、官僚側の締め付けが厳しくなっていきます。独自に拘った少量の食材調達はコスト高となり、財務担当から厳しくコスト削減を言い渡されます。さらに追い打ちを大統領に食事制限がかかり、使用食材を厳しく制限されてしまうのです。疲れ果てたオルタンスはかかとを疲労骨折してしまいます。
でも辛かったのは大統領も一緒。忍び足で厨房を尋ねた大統領を察して、オルタンスは大統領のために伝説のヴィンテージワインを開け、スライスしたトリュフをたっぷりのせたバゲットと共に差し出すのです。(ちなみに何気ないバゲットですが日本のホテルで同じものを注文すると6万円もするのです(^^ゞ)
まるで『釣りバカ』のワンシーンを見ているかのような、お茶目な大統領でした。
信念を持って新しいことに突き進む女性の気概がテーマの作品。きっとあなたも映画を見終わったとき、わたしも新しい何かに向かってやってやるわよ~って意気強くなれることでしょう。