「観客も息苦しくなる」ソハの地下水道 キューブさんの映画レビュー(感想・評価)
観客も息苦しくなる
基本的にこの映画で舞台となるのは薄暗い下水道の中だ。とても衛生的とは言えず、息苦しそうで、1週間も住んでたら気が変になりそうだ。時折出てくる地上の映像がとても開放的・・・かと思いきや、ドイツ軍がはびこり、見つかれば収容所行き。下手したらその場で射殺。つまりユダヤ人たちもソハも観客もこの映画では一時も息をつけないのだ。
この映画最大の特徴は主人公にあるだろう。主人公、ソハは善人にはほど遠い。下水道整備の傍ら、人家に押し入り泥棒もする。下水道にユダヤ人を匿うときも、金はしっかりと徴収する。しかも人数の制限付きだ。
だけど観客は彼に共感せずにはいられない。非常に細かい表情の動きで、怒りや不安、喜びを完璧に表現するから、感情移入せずにはいられない。歴史上で有名な人物と違い、神格化されていなくて等身大だからこそ、この映画は特別な物になったのだろう。
その他の役者たちも、それぞれが際立った演技を披露する。特に素晴らしいのはユダヤ人チームのリーダー格の男ムンデクだ。全員を生かすだけを考え、時には冷酷な行動も辞さない。だが時折見せる人間的な弱さが、哀愁を感じさせる。序盤である別のユダヤ人2人が浮気をするのだが、それとは違いムンデクがある人と結ばれるときはとても美しい。悲惨な映画の中で唯一と言ってもいいほど、幸福を感じさせる場面だ。
その他のシーンはほとんど目を背けたくなるほどのリアリティが貫かれている。その最たるものは下水道で産まれた赤ん坊だろう。詳しくは言わないが、あの絶望感は形容しがたい。ユダヤ人の死体の描き方も生々しくて、息を呑む。だからこそ彼ら全員が地上に戻ることを願わずにはいられない。ソハもユダヤ人も私たちも希望の「光」を見たときは歓喜にうちひしがれること間違いない。
(2012年10月7日鑑賞)