「暗い部屋と白い壁」危険なメソッド 小二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
暗い部屋と白い壁
あら何この映画、すんごく面白い!!!!!
いやー何より映像がイイ!!(この監督の画がカッコイイのは当たり前っちゃ当たり前なんだが)。
ユングとフロイトの対比がとてもイイ。
フロイトの部屋は暗く混沌としている。
対してユングを描くときのバックは白基調の無機質な感じ。病院が舞台ということもあるけど白い壁がとても印象的だった。
暗い部屋と白い壁。
何だろうこの映像の対比。単なる学問上の対立だけでは無いような。
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フロイトは当時(20世紀初頭)のヨーロッパ医学会・心理学会ではかなり批判も多く鬼っ子的存在(現在でも狭義の心理学にはフロイトは含まずというスタンスは根強い)。
なおかつフロイトはユダヤ系(後にナチスの迫害を受けアメリカに亡命せざるを得なくなる)。
もうひとつオマケに子沢山で貧乏。
(さらに言えば、映画では描かれていないがユング以外の有力な弟子アドラーなども次々と離反し、かなり孤独な時期もあった。)
なんつうか苦難とコンプレックスの役満である。
それを映画では薄暗い部屋で表現していたのか?(そう単純でもないような気もするが…)
そんな苦難の中でも、自分の説を学問として確立しようと尽力したフロイト。
偉くもあり、その妄執が怖くもある。
アラゴルン・モーテンセンが偉人フロイトの妄執を淡々と演じていて、とても良かった!!
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対するユングは、ドイツ系でお金持ち&スイス住まい。当時のヨーロッパ事情の中では、フロイトに比べかなり恵まれている。
それでいて保身のためなら愛人を平気で捨てる酷薄さも併せ持つ。
酷薄さを表現するための白い壁だったのか?清廉さを装う彼を皮肉る白い壁?
それともユングの学問への思い崇高さを表現するための無機質な壁だったのか?
無機質な白い壁の前で繰り広げられる、患者との不倫(まるで昼メロみたい)。このギャップがとてもイイ!!
無機質と肉欲という真逆なものが一つになった感じがグっとくる。
無機質と肉欲、聖と俗、正気と狂気の間を行ったり来たりするユングの描写がとても面白かった。
正気と狂気は陸続き、差なんてないんだなーと思ったりもした。
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そしてもう一人、超面白い男オットー・グロスも出てくる。
父親はドイツ犯罪学の権威ハンス・グロス。強い父親に反抗して、かなーり破天荒な無政府主義者になってしまった人。エディプスコンプレックスを地でいく男。秀才でフロイトを支持する論文も残している。
彼の生涯は一本の映画になるくらい面白いのだが、この映画ではサラっとしか説明されていない。
それでもオットー演じるバンサン・カッセルが好演。
オットーの破滅的な魅力、虚ろな眼の奥に潜むコンプレックスを説得力ある演技で見せてくれたと思う。
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最後に、ユングの患者であもり愛人だったサビーナ・シュピールライン。
彼女自身優れた学者でもあり、フロイトのタナトス概念に影響を与えた。
まさに精神分析界のファム・ファタル。
ザビーナ演じるキーラ・ナイトレイが個人的にはとても良かった!!
シャクレ、痩せ過ぎ、貧乳という彼女のマイナスポイントが、この映画では逆にプラスに。神経質な才女という役にピッタリ合っていたと思う(かなりベタな発想で本当に申し訳ないんだが爆乳に神経質は似合わない)。
乳むき出しで尻を打たれて喘ぐキーラ・ナイトレイ。絶妙なリアリティにグっとくる。巨乳だったらエロが勝ち過ぎて方向性が変わっていたかも。貧乳もこんな活かし方があったのね…と目から鱗が落ちた(乳のことばかり書いて本当に申し訳ない)。
最後の場面は、乳に関係なく美しくとても上手い女優さんだなあと思った。
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映像、俳優ともに個人的にはとてもツボだった本作。
台詞のひとつひとつも、どこを切り取っても詩になるようなカッコよさ。
欲を言えば、もしこれが英語ではなくドイツ語だったら、もっと硬いゴツゴツした言葉の響きで印象も変わっていたのかなー、ドイツ語版があれば聴いてみたいなーと思った。(監督がカナダ人だし英語なのも至極当然なのだが…)
あともう一つちょっとした謎が。
フロイトは葉巻、ユングはパイプ、オットーは紙巻き煙草を吸っていたんだが、これは何かの暗喩なのだろうか?物知りの人がいたら教えてほしいと思った。
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追記:こんな感想長々書いといて何だが、
この映画、別にユングとフロイトの伝記がしたかった訳ではなく、
心という目に見えないものを目に見える形にしようとした悲しさの話なんでないの?とも思う。