「ここまで歴史を茶化して良かったのか!」リンカーン 秘密の書 DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
ここまで歴史を茶化して良かったのか!
エイブラハム リンカーン(1809-1865)は、日本人に最も親しまれているアメリカ大統領ではないだろうか。ワシントンを旅行した人は 必ずワシントンDCの記念館で、どでかい彼の椅子に座った銅像を見物させられるだろうし、リンカーンと言われて、すぐに眉の太い ヒゲ顔の暗い、憂鬱そうな怖い顔を思い浮かべるだろう。歴代アメリカ大統領のなかで 顔と名前が一致する人はそれほど居ない。顔写真をみて名前を挙げるというゲームをしたら ジェファーソン、マッカーシー、トルーマンなど すぐには思い浮かばない。GHQのマッカーサーでさえ あのレイバンのサングラスがなかったら 顔を見ても分からない人のほうが多いだろう。
それだけリンカーンが日本で知られているのは、何故だろう。
小学校低学年の教科書で、リンカーンと桜の樹のエピソードがあった。幼いエイブラハムが父親に斧をもらって、嬉しくてつい父親の大事にしていた桜の樹を切ってしまった。隠しておきたかったが、勇気を出して父親に事実を告げ謝罪した。父親は彼を叱らずに 自分の過ちを認めた彼の勇気を褒めた。という美談だ。小学校で先生が得意そうに 生徒にこれで説教するのを聞きながら、なんか陳腐な話しだと、子供ながらに冷笑していた。この頃に桜の樹がケンタッキーに生育していたとも思えない。作り話だ。
また 彼の有名な演説 オブピープル、バイピープル、フォーピープルを知らない人は居ないだろう。奴隷制拡張に反対し、アメリカ合衆国を二分し、議会の承認なしに 独力で南北戦争を指揮した。同時に、インデアンを保留地に追い込み、民族浄化ともいえる大虐殺を指揮した。そして、南軍のロバート リー将軍が降伏し、南北戦争が終結した直後に 暗殺された。
彼のいうピープル(人民)のなかにアフリカンアメリカン(黒人)も、インデアンも入っていない。奴隷制は終息したが、選挙権などの基本的人権は全く認めていない。もともとリンカーンは 黒人が白人と同じ対等な人間とは思っていなかった。まして、インデアンに至っては、抹殺すべき人類の敵だと考えていた。
しかし、いま彼は「奴隷解放の父」と呼ばれ、アメリカフロンテイア精神の代表者、パイオニア(開拓者)の代表者として尊敬されている。丸木小屋で育ち、無学の両親のもとで、斧で樹を切ることに長けていた。独学で学問をして 弁護士となり、大統領にまで登りつめたことは偉業に違いない。
さて、映画だ。
ストーリーは
第16代目アメリカ大統領エイブラハム リンカーンの本業は 吸血鬼狩りだった。夜な夜なリンカーンは斧を振り回して吸血鬼を退治していた。そして、ついに吸血鬼との全面戦争、南北戦争に突入する。南部アメリカに、はびこっていた吸血鬼は アメリカ征服を企んでいたため、北部の人間との全面戦争を避けられなかったのだ。奴隷解放は、吸血鬼の食料源を断つために必要だった。厳しい戦争を勝ち抜いて、ついにアメリカは人民の、人民による、人民のための国家を建設することができました。
というお話。
ここまでアメリカの現代史を茶化すことができる、ということに、まずびっくりした。この小説「バンパイヤーハンター リンカーン」(2010年)が人気小説になり、それをテイム バートンが映画にしてしまう というのも、すごい。カザクスタン出身のロシア人が監督して、奇才テイム バートンが製作すると、立派な作品になってしまう、ということも驚きだ。
リンカーンが振り回す斧で吸血鬼がぶっちぎれて 血肉が吹き飛ぶという予告を読んでいたので、怖くなったらすぐに映画館を出るつもりで最初から端の席で脅えていた。しかし、映画が始まったとたんにストーリーに引き込まれて、とてもおもしろくかった。
リンカーンンが斧ひとつで、バットマンと、スパイダーマンと、アイアンマンと、ハルクと スーパーマンを足したくらいの活躍をする。そんな彼が家に帰れば 無名の好青年。妻メアリーとのロマンスも感動的だ。
印象に残った大スペクタクルは二つ。
ひとつは 暴れ馬が200頭くらい暴走するシーンだ。馬に飛び乗って逃げる瀕死の吸血鬼をリンカーンが追う。臨場感いっぱいの馬の群れのなかで、飛び乗って、振り落とされたり、馬から馬へと乗り移ったりしながら、片手で斧を振りかざして戦う一騎打ちのシーンが迫力がすごくて 手に汗を握る。
もうひとつは、列車で武器を満載して南部戦線に向かうリンカーンたちを、吸血鬼が襲い、橋が崩れ落ち、列車が火に包まれるシーン。橋が落ち、列車が次々と谷底に落ち、リンカーンらが乗った車両は落ちても、済んでのところで助かるに決まっているのだけど、いつもハラハラする。
また着飾った吸血鬼たちが、屋敷で晩餐会を開催している。モーツアルトの曲に合わせて 人々は優雅に踊り、飲み、楽しんでいる。シャンデリアにシャンパンに、贅沢なお客たちの衣装。そこで、突然、屋敷主が 「皆様、お食事の支度ができました。」と言ったとたんに 吸血鬼たちが ダンスで手を組んでいた相手の咽喉笛にガブリと食らいつく。実におもしろい。
アメリカ版ブラックユーモア健全 ということか。すっかりおもしろくて、リンカーンの活躍に感動すらしてしまった。吸血鬼を、東電にあてはめて見ることもできる。斧ひとつで退治してくれる 日本版リンカーンが居ないだけだ。
桜の木のエピソードは、リンカーンではなくワシントンです。
作り話であることは間違いありません。
ひと昔前までは、リンカーンと言えば博愛主義の聖人というイメージが一般的でしたが、最近はAKIKOさんのレビューにもある通り、インディアンの虐殺という負の面も知られて来ているようです。
以前、朝日新聞にもそのような特集が載っていました。