「究極のエロスとは。」クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
究極のエロスとは。
この世に女性の肉体ほど美しいものは他にない。
ドキュメンタリーの巨匠ワイズマン監督が、本作で私たちを誘うのは、パリにある有名ナイトクラブ「クレイジーホース」の裏側。完璧な肉体のダンサーたちが毎夜披露してくれるヌードショーの質の高さに目を見張る。このショーを“芸術作品”として演出するのは、ワールドカップやオリンピックの開会式などを手掛けたこともあるフィリップ・ドゥクフレ。こだわり抜いたショーは、時に官能的、時に野性的、時に愛らしく、実に蠱惑的だ。
ナレーションもBGMもない映像は、ショーのレパートリーだけでなく、楽屋裏や開店前の店内の様子や、首脳陣が頭を突き合わす会議室や、パリの街中などを巡り、観ている私たちがあたかもクレイジーホースの関係者になったかのような臨場感を与えてくれる。華やかなナイトクラブの裏を支えるスタッフの努力がどれほどのものか想像もつかない。1つのレパートリーが完成するのに、振り付けだけでなく美術や衣装や音楽、照明など、どれほどの緻密な計算や拘りがあることか!丸いヒップを際立たせるために、衣裳の形だけでなく素材まで追求し、ウィッグ1つ1つ職人の手で全て作られるのだ。これほど拘り抜かれるショーではあるが、そこはやはりビジネス面を無視するわけも行かず、株主の意見を尊重せざるを得ない総合支配人は演出陣との板挟みになって苦悩する。
また、全編ほぼ裸で踊るダンサーたちの影の努力も忘れてはならない。時にサーカスのようなアクロバティックなレパートリーをこなす彼女たちは、入念なリハーサルを重ね、体に気を配り、出番のない時はモニターで同僚たちのショーをチェックする。彼女たちはプライドを持ってステージに立っているのだ。クレイジーホースのショーは下心丸出しの男たちの欲望だけを煽る下世話な見世物ではない。オーディションを受けに来る女性たちは、ブロードウェイの舞台ではなく、この舞台に立つことを夢見てやって来るのだ。中には女性だけでなく、性転換者でさえオーディションを受けに来たりもする(女性たちの完璧なボディを観てきた中に、突如現れたゴツゴツした肉体に目が点になってしまった・・・笑)。
レイジーホースのダンサーたちの美しさは、完璧な肉体だけにあるのではない。“魅せる”プロ意識と、女性としての内面の輝きも兼ね備えているのだ。総支配人は言う「エロスとは究極の“ほのめかし”」。ショーを観に来る者たちは美しい肉体を目の当たりにするが、それは決して自分の手には入らない。だからこそ1度観るとその魅力の虜になり何度も足を運ぶことになるのだ。それは男性に限らず、女性をも虜にする究極のエロスだ。
美術監督の言葉がとても印象的だ。「25歳を過ぎたら、女性の美しさは自分で築きあげるものだ。醜い女性はいない。美を拒否する女性もいるし怠惰な女性もいるが、資質があれば美は容姿を超越できる。」私もちょっとだけ、ほんのちょっとだけ努力してみようか・・・・・・完全に手遅れだが・・・(笑)。