劇場公開日 2012年8月25日

あなたへ : インタビュー

2012年8月23日更新
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高倉健、6年ぶり銀幕復帰作を述懐 これまでのこと、そしてこれからのこと

日本映画界を代表する名優・高倉健が、降旗康男監督の最新作「あなたへ」主演で6年ぶりに銀幕復帰を果たす。日中合作「単騎、千里を走る。」(2006)に主演以来、映画界はもとより表舞台から姿を消してしまった理由はなんだったのか。そして、「駅 STATION」「夜叉」「あ・うん」「鉄道員」など、数々の名作を生み出してきた盟友・降旗監督との“再会”で得たことを静かに、そして淀みなく語った。(文/編集部)

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昨年8月24日、高倉の銀幕復帰を伝える第一報に、全国の映画ファンが歓喜した。今作公開のちょうど1年前ということになる。その後、9月7日のクランクインからは、高倉の一挙手一投足に注目が集まった。ましてや、共演陣がビートたけし、田中裕子、佐藤浩市、草なぎ剛、余貴美子、綾瀬はるか、三浦貴大、大滝秀治、長塚京三、原田美枝子、浅野忠信、岡村隆史という、単独で主演を務めても異論のない個性的な陣容が顔をそろえたとあっては、もはや“事件”と言っても過言ではない。

「あなたへ」は、「夜叉」「あ・うん」のプロデューサーで2008年に死去した市古聖智さんが遺した原案を、降旗監督と脚本家の青島武が再構築したオリジナルストーリー。富山刑務所の指導技官・倉島英二が、“故郷の海に散骨してほしい”と亡き妻が記した絵手紙を受け取ったことから、生きているうちに言わなかった真意を知るため、妻の故郷である長崎・薄香港へ自家製キャンピングカーで旅する姿を描いている。

高倉は、完成した映画を鑑賞し「個人的に反省しきりです。作品の出来は素晴らしいと思いますが、やっぱり俳優は仕事をしていないとダメだなあと反省しています」と、どこまでも謙虚な姿勢をのぞかせる。空白の6年間については、「自分でもまだわからないんです。人に話してもわかってもらえないと思うんだけど、やっぱり『単騎、千里を走る。』の百数十人のスタッフから受けた影響というのが、間違いなく僕のなかでは大きかった」と述懐。そして、「ただ映画を撮ってお金をもらう生活というのが、とてもむなしく感じたんです。だから映画だけじゃない、CMも何もかも一切を断ったんです。その間にお仕事の話はたくさんいただいていましたし、『ああ、やっておけば良かったな』と思うものもあったのですが、その時は全部やりたくなかったんです」と語る。

今作のオファーを受けたのは10年秋で、11年春からは打ち合わせに参加するなど具体的に始動した。出演を決意したのは、降旗監督への思いが比重を占める。「遊んでいた6年の間に何冊かの脚本をいただいていたのですが、あんまり断っていると、監督と一緒に仕事をできるチャンスがまた何年もなくなるだろう、ここいらでやっておかなきゃいけない、と思いました」。

撮影:今津勝幸
撮影:今津勝幸

高倉ほどの大ベテランであってもファーストカットはとても緊張するそうで、今回も「緊張しましたね。でももう、やるしかないってことだね。俳優が映画を撮らなくなったら、ただの人だからね」と穏やかな表情で笑う。今作では初共演する俳優だけでなく、初めて顔を合わせるスタッフも多くいた。この“出会い”に、高倉は大きな喜びを見出したようで「助監督、キャメラ、照明、録音も、みんな初めてのお仕事だったんです。助監督さん、良かったですねえ。いや、スタッフみんなが良かった。やっぱり、仕事をするっていうことは、新しい人と出会うってこと。とってもいいと思いました」と相好を崩す。さらに、「そういうスタッフがいるんだから、『ああ、もっとやらなきゃいけないな』と、いま僕をそういう気持ちにさせている。さっき反省していると言ったのは、そのことが一番大きいかもしれません。燃えている人たちと接するのはいいね」と更なる意欲を燃やす。

そして、長年にわたり苦楽をともにしてきた降旗監督の話題へ移ると、高倉はギアを加速させる。「優しい顔をしているけれど、決してそんなことはありません(笑)。骨っぽい人ですよ」と前置き、「同じ時代に仕事ができて本当に良かったなと思います。これ以上言うとゴマスリになっちゃうね」と照れ笑いを浮かべる。そして、「今回の作品をやって一番感じたのは、『ああ、この監督、やっぱり勉強している人だなあ』ということ。それと、プロデューサーに聞いたんだけど、監督には『主役を幸せにしちゃいけない』という考えがあるらしいんです。主役の設定は絶対に不幸にしなきゃいけないって。なるほどなあって思いますよね。今回もせつない設定ですしね」と明かす。

また降旗監督は、誰にも気づかれないよう行間にメッセージを込める。今作では、兵庫・和田山の竹田城址で妻・洋子(田中)が倉島(高倉)に昔話をするシーンで、ベルギー出身のジャズハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスの楽曲が流れる。これは、降旗監督が高倉と田中が「夜叉」で演じた修治と螢のイメージを持ち込んだことに由来する。高倉は驚いた眼差(まなざ)しで、「それは初めて聞いたよ。そういう人なんだよね……。そういうことを僕らに言わないから、すごいですよね。シールマンス、やっぱり良かった」としみじみ語った。

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今作はロードムービーのため、ストーリーに沿う形で富山を皮切りに岐阜、兵庫、福岡、長崎でのロケを行った。富山から目的地・薄香港への移動距離は約1200キロだが、高倉は各地でのロケの合間に都内近郊での撮影も行ったため、総移動距離は約9050キロにもおよんだ。高倉とスタッフは、時間に余裕のある限り実際に車での移動を行い、役どころを体感しながらの撮影を敢行。そのなかで高倉が思わず涙を流したのが、薄香港で倉島が大浦吾郎(大滝)の協力を得て散骨をするシーンだ。

「久しぶりに、きれいな海ば見た」。大滝とは11度目の共演となるが、「これには参ったよ。大滝さんの芝居を間近で見て、あの芝居の相手でいられただけで、この映画に出て良かったと思ったくらい僕はドキッとしたよ。あのセリフの中に、監督の思いも脚本家の思いも、みんな入っているんですよね。この海は、天草の乱のころから色々なことがあった大変なところで、決して美しい海ではないと。そういう何もかもが入っているんですよ。監督の演出は、そういうのばっかりだよね。ちりばめられてあるんです。大滝さんには分かっていらしたんだね。いい俳優さんには分かるんです。撮影の前日に『監督、これはこうなんですね』と念を押していたから」とうなずきながら振り返る。

撮影で感じたこと、ひとつひとつを思い出しながら「やっぱり、察する文化っていいよ。戦後、はっきりとものを言うのがいいっていう時代があったんです。『いいことはいい』。そういうのを『格好いいなあ』と思う時代があったんだけど、今はそういう時代とは違ってきています。『そんなことはない、上品というのはこういうことだったんじゃないの』という時代がきているんじゃないかな。降旗さんの映画は、そういう作品なんだと思います」と語る姿からは、そこはかとない優しさがにじみ出ていた。気の短いファンでなくとも、高倉にとって通算206本目の映画出演がそう遠くない日に実現することを願ってやまないだろう。だが、まず先に伝えるべき言葉があるとするならば「健さん、お帰りなさい。そして、ありがとう」。

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