「この女優・・・面白すぎる」愛と誠 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
この女優・・・面白すぎる
「ヤッターマン」や「クローズ」シリーズなど、独特の演出で良質な作品作りを続けている日本映画界の良心、三池崇史監督が、「涙そうそう」の妻夫木聡、ドラマ「アスコーマーチ」などで高い注目を集める新進気鋭の女優、武井咲を主演に迎えて描く、青春メロドラマ。
観客の皆様、特に本作について何も情報を得ないままに劇場に向かう予定の皆様。開始15分で帰路につくのはちょっと、ちょっと待っていただきたい。
確かに、物語の流れを一切無視した思いつき間違いなしのミュージカルシーンには面食らうだろう。多くの名作ミュージカル映画に冴えわたる、物語を香り豊かに彩る音楽の魅力が、どうにも感じられないと思う方もいるだろう。
ざらついた色彩の世界で、必死に歌いこむ妻夫木、武井の美しさ、危うさ、人気絶頂の者のみがもつ輝きによって、何とか支えられる前半の怠惰な歌唱シーンを超えた時。そう、その一つの巨大な壁を乗り越えた貴方にのみ、この作品は微笑んでくれる。何も言わず、私の言葉を信じていただきたい。
主人公、太雅誠がとある不良の巣窟に潜り込んでいく中盤戦。ここから、能天気な市村正親のしわしわな顔で歌い踊るカルトな不気味さは一気に色を変え、作り手の近作「十七人の刺客」にある乾いた怒り、暴力、感情を押し殺した血の暴発が突然、鋭いナイフのように観客の心へと突き刺さってくる。
あの、名もなき男達が、燃えさかる殺意に向かって静かに対峙する美学。拳でしか前に進めない、不器用な正義。ヘンチクリンな娯楽作は、いつの間にやら血で血を洗うバイオレンスの魅力が溢れ出す。怖い、痛い、そして、胸が躍る。
その中でも、とりわけ異質なのが、物語の核を担う謎の女子高生を演じる「大野いと」の存在だ。
「高校デビュー」で映画の世界に入り込んでいた新人女優・・にもかかわらず、その「どうしたら、そんな下手な演技でできるのですか?」という驚きにも似た台詞回し、その危うい弱さを貫く不審な度胸に、不思議な興味を抱いていた。何か・・悪い女が似合いそうだ。そう、思っていた。
で、本作である。相変わらずの大根演技。だが、この演技派役者がずらりとそろう作品世界で、徹底して無感情に台詞を吐き捨てる違和感。美貌を果敢にぶち壊す、根性。そして、掴めない浮遊感。何でも感情むき出して目立とうとする数多の女優陣の中で、この女・・・面白い。面白すぎる。アツアツの肉まんの中に放り込まれた、硬い氷。噛み切れないぜ・・・ドキドキするぜ。
深田恭子や稲垣吾郎など、役者の隠れた持ち味を引き出してきた名トレーナー、三池の本作での収穫は、まさしくこの女優のぶっ壊れだろう。何はともあれ、この沸点まっしぐらの暴力世界に溺れるとともに、この新人女優の開花に立ち会ってほしい。この女・・・やっぱり、面白い。