「遺して死ねない。」海洋天堂 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
遺して死ねない。
名画座にて。
身近な知り合いに自閉症の息子を育てる夫婦がいる。
まだ赤ん坊の頃、我が家の子供と違って全く泣かない
その子に、私は羨望の眼差しを向けたことすらあった。
なんて手のかからないいい子なの、と。
程なくしてその子が自閉症であることが判明し、
それから夫婦は二人三脚で今は高校生の息子を育てている。
今作を観て、あぁ…と思う場面が幾つもあった。
もちろん映画的に脚色され編集され美化はされている、が
自閉症の子供を持つ親が、その子と共に、どういう立場に
於かれているかが(日本と比べても)よく描かれていたと思う。
冒頭で父(J・リー)は、息子とロープで足を結び合い、心中を
図ろうとする。ボートからドブン、と飛び込んだ水の世界は
息子にとっては夢の世界だった。魚に生まれたら良かったのに、
と父親が言うとおり、難なく息子は水面へと顔を出して笑う。
末期の肝臓がんに冒されてしまった父は、余命幾許もない。
この子を遺して死ねない。自分が死んだらこの子はどうなる。
気が狂いそうな思いで受け入れ先を探す父だが、成人した
息子を引き取ってくれる施設は何処にもなかった。泣いても
悩んでもどうにもならないのが、こういった酷い現実である。
ただ今作では、彼らに無数の人々が手を差し伸べている。
温かな眼差しで見守りながらも、やはり問題が起これば手の
施しようがない息子を、父は治療を拒んで再教育し始める。
何とか生きてゆけるように。ひとりで生活していけるように。
こういう親の願いは、どの親とて皆同じだ。
そして、これだけ長い間子供の傍に寄り添って暮らしていても、
子の心親知らず。親の心子知らず。が、まだまだあるわけだ。
ただ悲しいだけでなく、切ないだけでなく、そういった現実を
しっかりと描くことが今作にもある希望に繋がるのではないか。
旅芸人のピエロの女の子に恋をしたり、父親に逢えなくなり
駄々をこねたり、ターフー役ウェン・ジャンの演技には文句の
つけようがないほどである。さらに泳ぎもかなり巧い!
息子のいなくなった部屋にポツンと座るJ・リーの演技を観て、
彼が少林寺より今作を選んだことをブラボー!とすら思った。
二人の演技の密度が濃く、互いの気持ちが深まるほど今作は
通じ合う親子の絆に泣かされることになる。とはいえ、涙を
流せ~と迫りくるわけではない。例えば自分と親に置き換えて
考えるとそこに存在している強固なものに触れた気がするのだ。
妻に先立たれ、自身も病に倒れ、遺るは息子ひとりとなる。
この先、彼は毎日を楽しく生きてくれるだろうか。
海亀と泳ぐことを楽しみに仕事に励んでくれるだろうか。
心配で心配で心配でたまらないけれど、彼を見ているとなぜか
幸せな気持ちになる。本当に生まれてきてくれて有難うと思う。
親ならこうあるべきなのに、私はこの父親のどれだけ分でしか
子供に愛を注げていない気がして恥ずかしい。思うより行動か。
(じゃあ、現金で頼むよ。なんて言われてしまいそうだけど^^;)