フェア・ゲーム : 映画評論・批評
2011年10月25日更新
2011年10月29日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほかにてロードショー
フィクションよりも理不尽で奇なる事実に満ちた“スパイ抹殺事件”の映画化
スパイ映画には謀略や裏切りが付きものだ。ジェームズ・ボンドやイーサン・ハントはたびたびその危険に脅かされるが、捨て身の反撃で黒幕を打ち倒す。しかし、これはあくまで荒唐無稽なフィクションでの約束事。現実世界のスパイは生身の人間であり、国家がその気になれば彼らを“葬る”のは赤子の手を捻るより簡単だ。
本作の主人公バレリー・プレイム(ナオミ・ワッツ)は、イラクの大量破壊兵器の有無を探っていたスパイ=CIA諜報員だ。彼女は「大量破壊兵器は存在しない」との結論に至るが、夫とともにスケープゴートにされ、国家の敵に仕立てられてしまう。スパイひとりを抹殺するのに、殺し屋や秘密兵器を駆り出す必要はない。「バレリー・プレイムは諜報員である」との一文が新聞紙上に踊った瞬間、スパイの秘密の二重生活は崩壊し、無力な晒し者と化す。しかも、これは実話の映画化だ。イラク戦争の舞台裏を駆け足でえぐり出すこのポリティカル・スリラーは、前述したスパイ映画の“お約束”よりもはるかに理不尽で奇なる事実を観る者に突きつける。
また劇中には、主人公が知人から「人を殺したことあるの?」と問われて返事に窮すシーンや、新人時代に恐ろしい疑似拷問の研修を受けた過去を夫に告白するといった際どいシーンがある。さすがは苦境に立たされた傷だらけの女性を演じさせたら天下一品のナオミ・ワッツだ。実在のヒロインの苦悩と勇気、夫婦愛を体現した彼女は、実にスリリングな迫真の演技で現実世界のスパイの“闇”を私たちに覗かせるのだ。
(高橋諭治)