僕達急行 A列車で行こう : インタビュー
松山ケンイチ、森田芳光監督に捧ぐ感謝の言葉
2011年は「GANTZ」シリーズ、「マイ・バック・ページ」「うさぎドロップ」が公開され、2012年の現在はNHK大河ドラマ「平清盛」で“座長”を務めるなどして、名実ともに国民的俳優の仲間入りを果たした松山ケンイチ。故森田芳光監督と三度タッグを組んだ今作は、森田監督にとって遺作となってしまったハートフル・コメディ「僕達急行 A列車で行こう」。松山は「本当に楽しい現場だった」と、森田監督へ思いを馳せる。(取材・文/新谷里映)
森田監督と松山は「椿三十郎」「サウスバウンド」に続くタッグとなったが、森田監督のオリジナルストーリー作品に参加するのは今回が初となる。「原作ものもオリジナルものもいろいろ織り交ぜながら、1年に1本のペースで映画を撮っている監督。そういう監督はほかにいないんじゃないかって思うんです。この作品は監督が10数年以上も温めてきた企画。貴重な経験をさせてもらいました」と感謝を伝える。
今回、演じた小町というキャラクターは、列車に乗って風景を眺めながら音楽を聴くのが趣味の青年。瑛太扮する、同じく鉄道好き(精密に言うと鉄道の鉄が好き)の青年・小玉と出会い、趣味を通じて友情を深めていく。そんな小町を松山は「地に足がついている青年」と評する。
「趣味を持っていることがそうさせているのかな……とも思うんですけど、自分は何が好きなのか、自分に何が合っているのかを分かっている人は、それが軸になって、いろいろな場面で取捨選択ができる。しかも、鉄道が趣味といっても決して入り込み過ぎず、きちんと仕事もして、人とも物事ともいい距離感で付き合えている気がするんですよね。そういうのっていいなって思う。ただ、女性の前で風景を見ながら音楽を聴いていて足を蹴られてしまうので(苦笑)、片方のイヤホンを貸してあげればいいのになって思いましたけど」。森田監督からは、「社長シリーズ」を参考にしてほしいと事前にアドバイスを受けたという。また、小町がジャズ好きという設定をきっかけに、松山自身もジャズをよく聴くようになったそうで、鉄道への関心についても思いは募る。
「技術の結晶ですからね。たとえば新幹線の顔ひとつ取っても、空気抵抗のこととか細かい計算のうえでああいうデザインになっているわけで、知れば知るほど『なるほどなぁ』と思う。面白いですよね。撮影前にはみんなで交通科学博物館に行きました。1回500円で初級・中級・上級のどれかの講義が受けられるんですよ」と楽しそうに説明する。劇中に登場する電車の数は、合計20路線80モデルにもおよび、小町、小玉をはじめ、登場人物は特急の名前になっている点もユニークだ。そして「今回の撮影を通して、改めて森田監督って多趣味だなって思ったんです」と懐かしむ。
「電車だけでなく、映画にはゲームやサッカーのことを話すセリフがあったり、“疲れた時のコーヒーは血になりますね”というセリフはミステリー小説の一節からヒントを得ていたり、そのひとつひとつを説明してくれるんです。ああ、本当にこの人はいろいろなことに興味があるんだなと、そんな監督の多趣味な一面が一番印象に残っています。僕は『趣味は何ですか?』と聞かれるたびに、苦し紛れにその場で思いついたことを言ってしまう。でも言った後で、実は好きなことなのかもって気づいたりして。だから、趣味がないって言う人は、気づいていないのかもしれないですよね。最近の趣味は、サバイバルゲーム、テレビゲーム、将棋。今は家庭を持っているので、あまり熱中しすぎないようにしています(笑)。小町みたいにいい距離感でやっていきたいですね」
森田監督はコメディセンスに長けた監督でもあり、デビュー作「の・ようなもの」をはじめ「家族ゲーム」「そろばんずく」「間宮兄弟」などを生み出してきた。もちろん、同作にも思わず笑ってしまう瞬間が随所にちりばめられている。森田作品に共通する、自然とわき出てくる笑いはどうやって生まれるのだろうか。「最初に本読みをしたときに、森田監督が小町も小玉も全部演じてみせてくれたんです。セリフのいい方、間のとり方、すべてにこだわりを持っていて、森田監督の演じる小町や小玉は本当に面白くて、つい笑っちゃうんです。みんなにも見せたかったですね。あと、笑わせようとするお芝居が一番さむいから、それだけはやめてくれとも言われました。とにかく、監督が演じてくれた小町に追いつくのが精一杯。自分のアイデアを出そうと思っても、監督のアイデアが面白すぎるので、アイデアなんて出せなかったです(苦笑)」。
そして改めて、森田組の現場を「毎日、現場に行くのが楽しみで仕方がなかった」と振り返る。「今回も過去の2作も、とにかく楽しい現場でした。遊んでいるのに仕事をしている感覚にさせてくれるんですよね、森田監督は。そういう空気感は作品にも出ていると思うし、小町をはじめ出てくるすべての登場人物の前向きさ、人生を楽しんでいる様子が伝わってくるはず。だって、誰よりも森田監督自身がそういう人でしたから」。温かな演出の数々は、松山ケンイチという若き俳優をさらに大きく成長させたに違いない。