「それでも、懸命に生きた男のたどり着くところ」BIUTIFUL ビューティフル とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)
それでも、懸命に生きた男のたどり着くところ
黒澤監督『生きる』にインスパイアされ、オマージュをささげた場面を挟む本作。
『生きる』は、志村氏の鬼気迫る演技と、構成が見事で、唯一無二の作品になったが、
本作は、プロローグとエピローグが特に秀逸であるものの、基本的にひたすら時系列で進んでいく。
主演のバルデム氏は、様々な表情を見せる。慈愛に満ちた温かさ・愛おしさ。怒り。嘆き。後悔。懺悔。すがりつき、哀願し、彷徨い。~~、空ろな眼。賞受賞も納得。
周りを囲む役者も見事。一人として替えがきかない。
”死体”としても演技させているよ。驚愕。
これでもか、と次から次に起こる出来事に振り回され、その展開でも”生きる”ということを考えさせられる。これだけ盛り込んでいるのに、脚本がぶれない。
時系列的に進んでいく物語の中で、さりげなく背景にこれから起こる予言のようなシーンが挟まれていく。
決して、”美しい”とは言えない映像が、なぜか忘れられぬものになる。
時折挟まれる音楽も、この映画を印象付ける。
それらが見事に融合して、同じテーマを扱い、死にゆく男を描いているが、まったく別の、唯一無二の映画となった。
何をしても、努力しても、歯車がうまくかみ合わぬギシギシという音が聞こえてきそうな暮らし。
やっていることは犯罪なのだが、必死に生きる術を行っているだけ。
せめて、まともな生活ができる人に育てようと、子どもにマナーを、教育を身に着けさせようと心を配る姿が何度も描かれる。のに、娘に教えことができる綴りが「biutiful」なのが、胸をえぐる。
福祉については正面切って描かれていないが、ああ、彼らにとっては何の手助けにもならぬのだろうという雰囲気がひしひしと伝わってくる。
そんな状況に身を置くウスバルの生き様をひたすら追っており、同時に社会の闇の部分もあぶりだす。
その中で際立つ”家族”という存在。
血のつながりがあっても当てにならない家族。
”愛人”にかき回される家族。
そして、血のつながり以外のところでの助け合い。けれど、それとて、なんともろいことよ。
メンターは心の支えにはなるが、家賃は払ってくれない。
信頼できる人に託せたとしても、親族がどう動くか。
「梟は死ぬとき毛玉を吐くという」映画の中で3回出てくる。
死んだ息子の言葉を知りたがる父親。
父から子へ。子から父へ。
ラスト、ウスバルの表情がいつまでも心に残る。
傑作です。