「家族のあり方を描く傑作」奇跡 syataさんの映画レビュー(感想・評価)
家族のあり方を描く傑作
本作は是枝裕和監督による「家族」をテーマにしたドラマである。大物俳優が配役されていたり、「奇跡」というタイトルが「感動を誘う物語」であることを想起させてしまったり、あるいは「九州新幹線」とタイアップして作られた映画であることから、それらを目当てに劇場を訪れた人が多いだろうが、これから鑑賞される方は過去の是枝作品を味わってからご覧になることを強く薦めたい。個人を描くドキュメンタリーの雰囲気は「ワンダフルライフ」であり、子どもへの眼差しは「誰も知らない」であり、家族の描き方は「歩いても、歩いても」である。「奇跡」はそれに続く作品であり、是枝作品を知る人なら、この作品は集大成のように感じられることだろう。あるいは、是枝作品の入門として鑑賞し、続けて過去の作品を追いかける楽しみ方もいいかもしれない。一つだけ確かなことは、「俳優」や「奇跡」や「新幹線」を期待して観ていただきたくないということだ。ぜひ作品全体を味わってほしい。
多くの人に観てもらうことを意識しているのだろうか、是枝監督のファンであれば、本作は少々説明が過剰ではないかと思われる箇所や、音楽の挿入がくどく感じられる部分があるかもしれない。たとえば映画の冒頭で所在地が表示されたり、火山噴火のアニメーションが挿入された。おそらくそのような表現に頼らずに制作することも可能だったのではないか、いやむしろその方が変にファンタジー色を帯びずに人間を描くドラマとして成立させることができただろう。観客の知性や想像力を信じるか、それとも「わかりやすさ」を選ぶのかは難しいところだが、観客を限定せず、子どもからお年寄りまで世代を超えて楽しめる作品に仕上がっているのは確かだ。子どもの躍動感と相まって、いままでとは違う味わいの作品となっている。
ただし、これらの事柄はこれまでの是枝ファンを裏切る結果にはなっていないだろう。両親の離婚を契機に離ればなれに暮らす家族とその日常を、「子ども」というメディアを介して確かに描いている。これだけで十分であり、「奇跡」はまさにそのような映画である。奇跡が起きようが起きまいが、新幹線が登場しようがしまいが、作品の評価にはなんら影響はない。(むしろない方がいいくらいであり、まさに本作はそのように作られているのが素晴らしい。)
家族と一緒に暮らすことはできないことを兄弟ともに知りながら、それでもその奇跡を信じて旅をする物語、と本作を簡単に語ることは可能なのだが、そのようにだけ語ることは明らかに過小評価である。実際、旅のシーンは物足りなさを感じるほど少なく、目的地へもトラックに乗ってあっという間に着いてしまう。重要なのは、奇跡を思い願いをかける場面と、その後の子どもの、家族の心の変化の方である。故に、冒険に至るまでの子どもの描き方、家族の描き方は非常に丁寧である。これを冗長と感じるかどうかは観る側の心の持ち方次第である。新幹線の轟音と共に静かに現れる(洗われる、あるいは失われる)思いを、この映画で確かめてほしい。泣ける人もいれば、元気に人もいるだろう。何を受け取るかは、観客一人ひとりに委ねられている。説明が過剰と先に記したが、兄弟の願いが最終的にどのように変わったのかはわからないように作られている点は好印象だ。
本作はストーリーも上質だが、それにも況して子どもたちの演技や自然な振る舞いに心を奪われてしまう。繊細で多感な性格の兄・航一、元気いっぱいの弟・龍之介をまえだまえだ(前田航基、前田旺志郎)が見事に演じている。うまく新しい環境に馴染めず家族一緒に暮らすことを考えるあまりに「桜島の噴火」という非現実的な奇跡を願ってしまう兄、家族が離ればなれになったことを適当に割り切って今を明るく楽しく生きようとする弟という設定は、まさにこの二人のために作られたような設定だ。それが見事に奏功し、彼らの魅力が十二分に発揮されていることは疑いようがない。二人は対照的な性格ではあるが、電話のシーンや駅のホームでの再会シーン、軒先でのポテトチップスのやり取りや会話における絶妙な間合いは、あの兄弟でなければ実現しえなかったものだろう。テレビでの露出が多い子役だが、この映画でしか感じられない魅力が非常に多かった。それは編集の妙という以前に、本当に魅力的な兄弟であることを物語っている。ぜひ先入観を捨てて観ていただきたい。
(私は映画序盤、火山灰に慣れず「意味わからんわ」と電話越しにぼやく兄を、アイスを食べながら「意味わからんなあ」と返す弟の姿を見たささやかな瞬間に、二人の魅力に引き込まれてしまった。)
ベテランである俳優が子どもたちの脇を固める形で好演しているのも、非常に印象的である。子どもを描くことに重点がおかれているだけに、時に背中や手などしか映らない場面も多い贅沢な作りだが、その姿や仕草でキャラクターを十分に演じられている。役それぞれに、どこか抜けていて頼りない部分のある大人を演じることで、子どもの姿が自然と浮かび上がっている。特に橋爪功、樹木希林の老夫婦の無駄のない演技は素晴らしいと感じた。
いくらかのファンタジーは含まれつつも、家族の日常と子どもたちの変化を描く本作を、この文章で何度もすばらしいと書いた。けれども、それはやはり日常である。それが素晴らしいのだということに気づかされる映画である。困難な現実や理性が邪魔をして、日常に嫌気が差している人は、この映画が今年最大の救済になるだろう。