「本作は、米軍側視点、日本側視点が交互して展開されます これが今までの日本の戦争映画にない特色です」太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
本作は、米軍側視点、日本側視点が交互して展開されます これが今までの日本の戦争映画にない特色です
太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男
2011年公開
サイパンの戦いは1944年6月15日から7月9日にありました
サイパン島から東京までは2400キロほど
サイパン島はグァム島の北200キロ
当時の世界最大最新の巨大爆撃機Bー29が燃料と爆弾を満載して東京まで往復できるギリギリの所にあります
つまりここを米軍に占領されると東京が本格的に爆撃され、焼け野原にされてしまいます
なので、日本軍もこの島の死活的な重要性は良くわかっていて絶対国防圏と名付けて死守しようとしていました
が、戦局は既に劣勢で大きな兵力を送ることもままならないまま米軍の侵攻をうけました
米軍の輸送船団を護衛する米艦隊と日本の連合艦隊との決戦も6月19日に起きましたが、一方的なほどの完敗に終わりました
劇中で海軍陸戦隊の指揮官が連合艦隊はそこまで来ているのだと言っていますが、すでに海の藻屑になっていました
サイパン島の戦いは1944年6月15日に猛烈な艦砲射撃のあと米軍の上陸が行われ半月ほどで全島が占領されました
2万人ほどの島民が居住していましたので、1年ほど後の沖縄戦と同様の悲惨な民間人を巻き込んだ
戦いとなりました
本作はジャンルに覆われた山の中に逃げこんだ陸軍の生き残り部隊と島民の民間人200人ほどがそれからどうなったかが描かれます
期間は1944年7月上旬から翌1945年12月1日までの半年間のこと
つまり本土との通信もできず終戦も知らないでいたのです
その間、掃討戦を行う米軍から逃れながら、家も、飲料水も食糧も、薬品もなく、ジャングルの山中を逃げ隠れして、さ迷っていたのです
その中で指揮を執っていたのは、大場栄大尉でした
実在の人物で、当時30歳、元小学校教諭、23歳で出征、サイパン島には1944年2月に着任、戦後は市議会議員などをなされていたそうです
彼の展開した巧妙なゲリラ戦により、米軍は翻弄され、いつしか彼をフォックスと呼んで怖れるまでになります
これは実話で、この戦いに伍長としてに参加した米海兵隊員が戦後、書いた本が原作として映画化されたものです
原作は1980年代に日米で刊行されました
「硫黄島からの手紙」は2006年のクリントイーストウッド監督の映画
1945年2月から3月にかけて行われた硫黄島の戦いを日本側視点で描いた映画でした
恐らくこれのヒットを受けての本作の映画化かと思われます
渡辺謙が主人公の栗林中将を演じて、死に急ごうとする部下を押し止めて持久戦を展開する物語でしたから、本作に少し内容が似ています
また、岡本喜八監督の「激動の昭和史 沖縄決戦」にも題材は類似しています
以下ネタバレです
しかし、クライマックスの1945年12月1日の投降式のシーンには、そのどちらにもないもので、本当は硫黄島も沖縄戦もこのようになるべきだったと思えるものでした
部下には死に急がせることなく、民間人には収容所の人道状況を確かめた上で米軍への投降を勧めて、最後の最後にプライドを保って米軍指揮官に部隊で行進して投降を行うのです
とはいえ、大場大尉もそのような決断ができたのも、8月15日の玉音放送と、9月2日の降伏文書調印式があったからこそです
硫黄島の戦いと沖縄戦は、それ以前のことですから、大場大尉のような行動はとれなかったのです
本作は、米軍側視点、日本側視点が交互して展開されます
これが今までの日本の戦争映画にない特色です
これによって、日本側の視点を客観的に観ることができる効果があります
玉砕という自己陶酔に共感することなく、それを軍人の責任放棄では無いのかという批判的な視点を持って観ることができます
自分には1944年12月7日公開の木下恵介監督の「陸軍」という映画の続編のように感じました
陸軍省の後援映画ですから間違いなくプロパガンダ映画ですが、不思議なことに反戦のメッセージを感じる作品です
その作品では、日本陸軍というものは長州藩の奇兵隊を源流とし攘夷を実行する組織であり、それゆえに無謀であっても対米戦争は必然的なのだと説明しようとした映画にみえました
本作は、その結果がどうなるのかという続編と言うわけです
本作では陸軍の大場大尉が海軍の陸戦隊に食糧などを分けて欲しいと要請して断られるシーンがあります
まるで、長州藩と薩摩藩との会話のようでした
つまり、日本軍は国民の為の軍隊ではなく、攘夷を行う為の軍隊だったというシーンにみえました
やがて大場大尉は、陸軍はそんなものでは無く、本来、国民を守る為の軍隊であるべきではないのかとの考えに転換された結果、クライマックスのような結論にいたることができたのです
米軍視点パートは米ユニットで撮影されており、主なロケ地はタイで撮影されており、従来の日本の戦争映画にはない洋画的感覚に仕上がっています
戦闘シーンも迫力十分なもので、単なる銃声だけでなく、銃弾がすぐ近くをかすめ去っていく音響効果も多様されています
日本軍側視点パートでは大場大尉役の竹野内豊さんが素晴らしく、本当の昔の軍人にみえました
また、刺青のある一等兵を演じた唐沢寿明さんも強烈な印象を残しました
蛇足
台湾有事が近づいている不安をかんじます
もはや、攘夷を真面目にやろうなんて組織はあるはずもありません
本当に?
有事にそなえ、離島からの民間人の避難計画を進めようとすると反対する人がいるそうです
全く逆なのに玉砕を主張する軍人達のように感じます
長年染み付いた考えに凝り固まってしまっているのでしょうか?