「丁寧に描かれた秀作」カラフル かみぃさんの映画レビュー(感想・評価)
丁寧に描かれた秀作
拙ブログより抜粋で。
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題材的には青春ファンタジーだが、実際に作品から感じるのは少年・真を取り巻くホームドラマ&学園ドラマ。
社会の最小単位である家族と、中学生の真にとって社会のすべてであったろう学校生活。そのふたつが一度に壊れて自殺してしまった真。
そんな真の身体を通して〈ぼく〉は社会を見つめ直す。
映画は思春期の少年と彼を取り巻く人々の心の機微を、丁寧に丁寧に紡いでいく。
演出的にアニメが得意とするファンタジーらしい表現は極力排除されている。
天使とも悪魔とも取れる人間ならざる存在のプラプラも、見た目は小学生の少年そのものだし、空を飛ぶわけでもなく、地に足を付けて歩き、走る。
場面内での彼の登場・退場も、アニメならいくらでも幻想的にできるであろうに、単純なフレームイン、フレームアウトしかしない。
美術的にも写真かと見紛うほどの緻密な背景。仕草や表情、目線にこだわったキャラクターたち。
数え上げたらきりがない目に焼き付くシーンの数々。
真の部屋の壁に、ポスターかなにかが貼ってあった日焼けの跡が残っている既視感。
父親かそうでない男かをライターひとつで表す演出の妙。
ハッとするほど写実的な多摩川の風景。
終盤、母親がソファでうなだれているとき、窓から差し込んだ日差しに、漂うホコリがキラっと光る様にはドキッとした。
ここまで徹底してリアルに描くなら、実写でもそのまま置き換えられそうだ。
しかしことはそんな単純ではない。
タイトルの「カラフル」は、「世界はいろんな色に満ちている」という意味だが、映画の中ではそれを家族の食事に象徴させている。
退院した真を迎える最初の食卓。リアルな画調の背景から浮き立つほどに彩度を高く描かれたカラフルな食事。
それは一見綺麗でおいしそうなんだが、一方でリアリティとは真逆の、まるで造花とロウの作り物を並べたかのような違和感を感じた。そこで交わされる家族の会話も、朗らかな家族を装う嘘くささが漂う。
その後も繰り返し描かれる家族の食事はやはり鮮やかな色合いで、それが“作り物”だと主張する。
しかし映画を観終わると、その見え方は一変。もう一度観直すと“作り物”の意味合いがまったく別のものになる。“作られた家族団らん”に秘められた“思い”まで見ることになるから。
様々な思いの「カラフル」を象徴した人工的なほどに色鮮やかな食事。これは実写では難しい、アニメならではの表現だろう。