「さあ、困った・・・」春との旅 ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
さあ、困った・・・
「白夜」「バッシング」などを世に送り出してきた小林政弘監督が、仲代達矢、徳永えりを迎えて描く、小さな旅の物語。
仲代、徳永の柔らかく、丁寧に思いを描き出していく繊細な演技に心を奪われる。その男と孫の旅を支える、大滝秀治、香川照之、柄本明といった名バイプレーヤー達。そして、戸田菜穂、菅井きんといった男達を静かに見つめる女優達。あるべき場所に、あるべき人がいる。これまでの小林監督のキャリアの集大成ともいえる、重厚な一品に仕上がっている。
が・・困っている。どうにも、私にはこの作品を「くたびれた男と、その孫の、終の棲家を探す旅」と単純に書いてしまうことに抵抗を覚えてしまうのだ。物語は、進む。苦しんでも、立ち止まりそうでも、二人は歩いていく。その中で、男と孫の交わしていく目線が、家族を思う慈愛のそれから、愛する者を、熱を込めて想う愛情のそれに変わっていく。それが、私の言葉を立ち止まらせてしまう。
冒頭、男は寂れた旅館で一杯のカップ酒を震える手でかっ喰らう。それは人生の終わりを待つ、一人の孤独な老人の動きではない。人生を、自分の男としての旗をもう一度挙げようとする情熱と、力強さがある。孫は隣の浴室で、男の気配を感じながら歌を口ずさむ。もう、この一説から物語は、孫が爺を思いやる構図から、女が男を想う世界が浮かび上がってくる。
「私たちは、離ればなれになっちゃいけないんだよ」終盤になり、女は、男に向けて優しさに満ちた美しい眼差しを向ける。血縁を超えて、同情を超えて、そこには一組の男女がいる。小さな家族の物語としての側面を持ちながらも、私には男女の情念を強く謳いあげる世界が強く心を打つ。
さて・・困った。多くの人が家族の姿を描き出す秀逸なドラマを絶賛しているのに、私がこんな視点を提示しても良いものか。しかし、私はこの物語が好きだ。男が、女が、可愛いから。笑顔と愛をもって向き合う二人の未来は長くは無かったかもしれない。それでも、出会えたから、一緒にいられたから・・・それで、いいのだと思える。そんな幸せが、良い。