「抑制の美学」必死剣鳥刺し 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
抑制の美学
襖を開け閉めする時の動作。
静かに味噌汁を啜る姿。
これらの何とも無い動作が、鑑賞から一週近く経った今でもやけに頭に焼き付いている。
本作の登場人物は皆、細かい所作や言葉遣いのひとつひとつが実に慎ましく、気品に溢れている。
主人公・兼見が謹慎を申し付けられた後の一年を描く場面はやや単調にも思えるが、移り行く四季と共に淡々と生活を送る彼らの姿には、日本古来の美しさとはこういうものか、と気付かされた気がする。
不平不満や我欲を抑え、己を厳しく律する姿。自分を捨て、人を思いやる心。
それを丁寧に丁寧に描いたからこそ、己のエゴを満たす事しか思考に無い愚劣な連中に兼見が怒りを爆発させるラストの殺陣は、あれほどまでに凄絶な迫力となったのだろう。
それまでの気品をかなぐり捨て、真っ青な顔で相手を睨め付けながら迫る姿はまさに幽鬼。
最後の最後に繰り出される秘剣『鳥刺し』は、取り立てて珍しい動作を見せる訳でも無いのに、その凄まじいまでの執念にゾッとさせられた。
……しかし、どーしても引っ掛かるのは秘剣『鳥刺し』の正体。
中老・津田は人伝にその秘剣の事を聞いていた。それが主人公のみが会得した剣であり、『必勝の剣』であるという事まで知っていた。
寡黙な主人公が秘剣の事を周囲に言い触らすとは思えない以上、主人公がその剣を実践に用いて勝つ瞬間を見たか、或いはそれが編み出された場面を目にした人物がいると考えるのが自然か。
だが『遣い手は半ば死んでいる』状態で繰り出すといわれる秘剣を過去に実践したなら主人公はどうして生き残れたのか。そもそもどうやって秘剣を編み出したのか……謎である。
また、こと切れた状態にありながら、どうやって己の意思で相手を斬れたのか。一種のヨガのようなもので脈拍や“生きた人間の気配”を抑制したのか(鳥を捕らえた時のように?)。それとも純粋に強い執念が為した業だったのか。いや、小刀の封を解いたあたりに何か秘密があるような気もするし……むむむ、これもまた謎である。
理詰めで考えちゃいけないが、そこが引っ掛かって若干の消化不良を感じてしまった。
けど、良作。
派手な殺陣を期待する人には物足りないかも知れないが、活劇では無く人間ドラマとして観れば。
御上の勝手に振り回される慎ましい下級武士の姿は、僕らと完全に無縁な訳では無く、胸に迫る。
……そう言う僕は慎ましさゼロな人間ですけどね。
<2010/7/25鑑賞>